rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

責任という無責任

2009-03-10 22:30:03 | 社会
以下は朝日メディカルに2003年5月に掲載された市立川崎病院の鈴木厚先生の論説、勝手に引用するのはそれこそ無責任かも知れませんが、あまりに同感であり、現在にもそのままあてはまるので備忘録の意味を込めて引用させていただきます。

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いつの間にか日本中に無責任が蔓延している。

政治家は日本に700兆円の借金を残し、企業の経営者はバブル崩壊の責任を取らないでいる。文部科学省は子供の学力を低下させ、厚生労働省は病院経営を悪化させた。これらは大罪であるが、それを罰する法律がないので、彼らはのうのうとしている。日本のトップは権限はあっても責任はないという。不思議な国、日本である。

一方、学校の先生は、子供に体罰を与えると、それが子供を思う気持ちからであっても、世間から糾弾されるので見て見ぬふりを決め込んでいる。
かつて住民に密着していた警察は、日常の相談まで開いてくれた。しかし人権がうるさく言われるようになってから、問題を訴えても実際に被害が出るまでは動こうとしない。

これらは無責任な国民が、学校の先生や警察の責任ばかりを強く言いすぎたせいである。

無責任な国民は、街にたむろしている非行少年を注意できないでいる。そしてそれを家庭、学校、警察、文部科学省の責任であるとしている。しかし、それでは地域住民としての責任を果たしていない。国会議員が逮捕されると、悪いのは議員本人であるが、議員を当選させた責任は国民にあるはずである。

国民は国民としての身近な責任を放棄し、無責任な傍観者になっている。マスコミは子供の教育に悪いものを映し、嘘だらけの健康番組で視聴率をあげ、収入を得ている。情報汚染が彼らの生活の糧とはいえ、今のマスコミにオピニオンリーダー、社会の木鐸の自覚がない。あまりに正義漢ぶった無責任である。

病院で問題が起きると、その当事者や院長を責める傾向が強く見られる。病院の職員が名札を付けているのは責任感の表れであるが、その責任に国民は甘え、病気が引き起こす悪い結果まで病院に責任を転嫁してくる。
20年ぐらい前から、赤ん妨の頭の形が良くなることから、うつ伏せ寝が主流であった。しかし最近では、うつ伏せ寝で乳児を死亡させた病院が訴えられ敗訴している。また介護のヘルパーが訴えられるケースまで起きている。
患者が食事を喉に詰まらせれば病院が訴えられ、患者がベッドから落ちれば病院が怒鳴られる。このように病院で事故が起きた場合は、家族は被害者となり病院を訴える。しかし家で同じ事故が起きた場合には、加害者である家族は訴えられず、逆に同情される。
病院は家族の仕事を代行しているのに、なぜこのような現象が起きるのだろうか。それは厚生労働省が病院での家族の付き添いを禁止したからである。

かつての病院は家族が付き添い、患者の食事や排泄の世話をしていた。そのため家族は生死の実情や病気そのものを理解していた。そして医師や看護師が忙しく働いているのを知っていた。
厚生労働省が家族の付き添いを禁止したのは世間へのゴマすりである。そして結果的に家族の責任を病院に転嫁させることになった。そのため事故の実体を知らない家族は裁判に訴え、医療の現場を知やない裁判官が実情に合わない判決を出す。

世の中に変人がいるように、もちろん医師にも変人はいる。そして忘れていけないのは、裁判官にも変人がいるという事実である。
裁判官は自分自身の良識で判決を下すとされている。しかし良識は数学ではないので、裁判官によって判決が異なる可能性がある。世間知らずの裁判官が常識に沿った判決を出すとは限らない。そのため欧米では、裁判官より素人の常識を重視した陪審員制度が取られているのである。また変人裁判官であっても、国家公務員なので辞めさせることができないという大きな問題がある。

かつて、クレイジーキャッツの植木等が「無責任」という言葉を流行させた。しかしその時代の無責任はお笑いで片付く程度のものだった。たとえ無責任と言いながらも、心の中には責任感と良識があふれていた。
現在は、誰も責任を取りたがらず、誰かに責任を押しつけようとする者ばかりである。あの時代の数十倍以上の無責任社会であり、責任転嫁も数十倍以上である。

無責任な者は、心のやましさまでも見失い、自分が悪いとは思っていない。そして無責任な者の発言が世の中を殺伐とさせている。このような世の中が良いはずはない。無責任のツケを回される次の世代に未来はあるのだろうか。 連合国軍最高司令官のマッカーサー元帥は帰国後の1951年、日本人を12歳の国民と称したが、今の日本人はいったい何歳位の国民なのだろうか。

(川崎市立川崎病院地域医療部部長 鈴木 厚)

コメント (2)
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