rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

慰安婦問題の議論にうんざりする訳

2013-07-04 00:12:44 | 社会

いままで本ブログでは様々な戦争についての問題を取り上げて考察してきましたが、所謂旧日本軍の従軍慰安婦問題(正確には旧軍の慰安所における朝鮮出身の慰安婦が強制連行されたと訴えている問題)に触れる事はありませんでした。私は50台半ばであり、物心ついて以降、今まで取り上げられることがなかった朝鮮出身の慰安婦が強制連行されたとされる問題がはじめて朝日新聞などで取り上げられてから外交問題になり、教科書にも無理矢理記載されるようになった経緯を現実の時間経過の中で見てきました。また私の母は朝鮮の大邱出身であり、引揚者であるので、小さい頃から日本統治下の朝鮮の様子はよく聞かされていましたし、自分自身中学の頃韓国の友人の家にホームステイなどして当時は年配の家族の人達で日本語を話せる人が多く、戦前の生活についての話を聞く機会もありましたので、母から聞いている事も彼らの話と違いがないことは分かっていました。だから外交問題となっている慰安婦問題が「問題化させるための問題」であり、戦後生まれの日本人がいくら話し合った所で将来の日韓関係に建設的な結論を生み出すことなどない(求めているのは金だけで建設的な結論を求めていない)ことが明確でバカバカしいから取り上げなかったのです。

 

この慰安婦問題については3つの立場の人達がいます。1)責任を追求される立場の日本人、2)責任を追求する韓国人、3)責任を認めようとしない日本人を責める日本人、の3つです。この3)の立場の人が実は問題を複雑にしています。

 

「韓国人」の主張

軍によって強制的に動員されて戦地に駆り出され、性奴隷状態で非人間的な扱いを受けた。これはその後の人生を台無しにされたに等しく、補償してほしい。

 

「責任を追求される普通の日本人」の主張

軍が強制的に慰安婦を動員したという記録はない。当時の記録から民間の業者が慰安婦を募集し、運営したのであり、軍とは協力状態にあっただけである。しかし当時慰安婦として苦労をされた方がいることは確かであり、遺憾に思う(民間の基金として補償は施行済み)。

 

「責任を認めようとしない日本人を責める日本人」の主張

軍が慰安所を必要とし、医学的な管理や運営について要望をしていたのであるから、実際の運営が民間であったとしても「軍の関与がない」と結論づけるのは誤りであり、国家として責任を認めるべきである。また慰安婦個人は自由に辞めたり移動したりする自由はなかったのであるから被強制性があり、現実的に性奴隷状態であったと認めるべきだ。

 

この3番目の「日本人を責める日本人」の主張も一定の説得力があるから、普通の日本人としては「狭義の(直接軍が強制連行した)軍の関与はないけれども、広い意味での関与はあったとも思う。」と発言すると韓国から「日本は軍の関与を認めた。我々の告発どおり強制連行したのだ。なんて酷い奴らだ、日本の悪行を世界に訴えて国際的に批難し補償も求めるべきだ。」という話になって普通の日本人としては「だからそれは違うのであって・・・」という堂々巡りが繰り返されて、なんら建設的な結論が出てこないことになります。

 

「日本人を責める日本人たち」は戦後ドイツの個人補償などの件も持ち出してしきりと戦争責任の取り方について「普通の日本人」を上から目線で責めます。ドイツは国家が分断されて、ナチス第三帝国と東西ドイツは国家としての継続性がないから戦後補償を国家として行うことができない事、戦争責任は国家が戦争をした責任ではなく、ナチス時代に個人に対して行われた犯罪行為に対して補償をすること、が西ドイツ政府として決定されたために日本とは戦後補償の行い方が違うだけなのですが、あたかもドイツのやり方が優れているとして国家として個人に金を払おうとしない日本を責めます。

 

「日本人を責める日本人」の人達は基本的に「インテリで人格高潔」な方達なのだろうとは思うのですが、「皆が納得できるような形で総合的に物事を丸く納めて建設的な方向に持って行く」事には興味がないようで、きっと現実世界でも「清濁合わせ飲んで物事をまとめあげるような器」の人達ではないのだろうなと想像します。ネットなどでのやりとりを見ていても次第に何も生み出さない議論にばからしくなって私は見るのを止めてしまうのですが、現実の政治世界ではこれらの立場が三つ巴になって延々非建設的な議論が繰り返されているのでうんざりしてしまうのです。高校の教科書などには慰安婦問題についてこの3者の主張を載せて、なぜ建設的な結論が出てこないのかを試験問題として解かせるというのが現実政治を考えさせるよい訓練、真の教育になるのではないかと愚考します。

コメント (2)
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