rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

裁判における医療鑑定について

2014-07-02 22:21:38 | 医療

米国泌尿器科学会の研修医向け問題集の参考書に医療裁判における医師が鑑定人として関わる際の倫理的問題点などを記したものがあったので、自分も医療裁判の鑑定に関わることもあることから備忘録としてまとめておきます。

 

1)医療過誤(medical malpractice)の現状と鑑定の意義

 

米国において、医師患者間の信頼関係はここ数十年の間に損なわれる方向にある。医療技術の発達によって、医師個人の技量が問われる部分が増大している。米国は訴訟社会であり、300人に一人の法律家がいて、その合計は100万人に達している。

医療鑑定(expert witness testimony)を行う際に考慮すべき、医療過誤訴訟で明確にせねばならない目的は次の3点。1)安全さを欠いた治療の証明2)過失(negligence)による障害の補償3)公正な正義の追求、である。

米国では、近年医療訴訟に対する裁判用保険の保険料があまりにも高額であり(年間数百万円と言われる)、無保険の医師も増加する一方で、訴訟を避けるための「萎縮医療」「予防的医療」も懸念されている。

専門家が医療鑑定に必要とされることは、過失と適切に医療を行ったが、結果が悪かったことの違い(negligence and medical mal-occurrence)を明確にして、法律家の判断を助けることにある。

 

2)医療過誤訴訟における論点

 

○治療義務或は責任(Duty of care)— 患者医療者関係を築いた時点で普通成立。通りがかりに応急的に善意で助けた場合などは法的には異なる扱い。

○治療義務の完遂(Breach of the duty of care)— 標準的な規準に照らして、当然行われねばならない医療内用(検査や治療など)が行われる事。

○因果関係の成立(Causation)— 行われた(行われなかった)医療によって問題となる障害が生じた法的責任(liability)があることを証明する必要。

○障害・損害の確定(Damage)— 精神的或は身体的障害が明らかであることを原告側(plaintiff)は証明しなければならない。

 

3)日本における考え方

 

日本の医療過誤訴訟では、血液型や投薬のミスなど明らかな過失で障害が生じた場合には「過失致傷」が適応され、Breach of the duty of careに相当する誤診や不作為による障害には「注意義務に違反した医療行為」として過失を問われます。また民事的にはDuty of careに相当する物として「診療契約の成立に対する債務不履行」の責任が問われ、「受診」をした時点で「最善の医療を提供することを目的とした診療契約」が結ばれたと判断されて、誤診や十分な医療が行われなかった場合に病院や医療者が責任を問われます。

 

損害の確定については、例えば専業主婦である56歳の女性が死亡した場合に、逸失利益の計算式として、賃金センサスによる年収の平均額が参考にされて、同世代同学歴の標準年収が340万円とすると、生活費控除率30%が除かれ、67歳まで就労可能と仮定して、12年分先行して取得する過剰利益を差し引く意味で(56歳12年のライプニッツ係数 8.863)係数がけすると

340万x(1−0.3)x8.863 = 2109万3940円 という計算になります。

 

この損失に慰謝料や裁判費用などを加えて被告(defendant)に請求されます。

 

米国の裁判では被告側と原告側が別々の医療鑑定を依頼することがあり、それぞれが異なる鑑定結果を示して論争になることがありますが、日本では中立の立場から裁判官が判決を下す上で参考になる鑑定が依頼されることが通常です。

 

2006年のNew England Journal of Medicine Studdertらの論文では、1452件の医療過誤訴訟において、3%は損害がなく、37%は過誤が認められなかったとされます。医療過誤のなかった例では84%で補償が支払われることなく、支払われた額も過誤があった場合に比べて低かった(過誤なし3千万円と過誤あり5千万円)と報告されています。

 

日本の医療過誤訴訟は下図のように21世紀に入って「日本の医療は駄目キャンペーン」(本当は日本の医療がWHOの評価で世界一であったのに、医療市場を開くようにという米国の年次要求書を受けて、マスコミが行ったキャンペーンで米国医療を持ち上げる一方で相次いで意図的に日本の医療過誤が大きく報道された)に従って増加し、2004年に年間1000件というピークを迎えます。しかし勤務医の立ち去り型サボタージュ、厚労省による徹底した診療報酬節減による赤字病院の閉院などで救急、産婦人科、小児科といった医療が崩壊の危機に至って社会問題化したこと、また医療者側も徹底した安全管理対策を行うようになったことで訴訟件数は減少傾向にあります。米国は日本の医療自体は儲からない事が判明したことから、その後方針を変えて医療器械や薬品を日本が多く買う事、医療保険の市場を開放する事に要求内用を変更して今日に至ります(その目的は達成され、日本の貿易赤字のある部分を高額の薬品が占めるようになりました)。

日本における民事医療訴訟数の推移(NKSJ-RJレポートE-11から)

米国では不毛で多額の費用がかかる(得た補償金の半分は裁判費用として弁護士などに徴収される)医療訴訟を減らし、調停(Arbitration)や和解(Mediation)を促すために公正で中立的な仲裁機関(tribunal panel)が設立される方向にあります。日本においても厚労省が同様の機能を持つ医療安全調査委員会を2015年10月発足に向けて正式に準備することになりました。もっとも日本の事故調はまだ難題山積でうまく機能するか疑問も多いとされています。

 

4)まとめ

 

さて話を医療鑑定にもどしますが、医療鑑定を行う医師は次の条件を満たす必要があるとされます。

○      裁判の陳述の前に十分争点になっている部分を理解すること。

○      争点について関連する文献や資料を準備し、理解すること。

○      陳述は真摯で正直であること。

○      陳述は誤解を招かぬよう言葉を選び、仮定や推測は述べても良いが、事実との違いは明確にすること。

 

日本にも医療過誤を補償する保険があり、私も加入していますが、年間数万円程度で済んでおり、また勤務医の場合は基本的に病院が被告になるので幸い米国とは異なる状況にいます。法科大学院構想も立ち消えの方向で、日本を米国のような訴訟社会にしようとした試みはうまくいかないようです。TPPもこのまま立ち消えになってくれると日本の優れた社会風土を守って行く事ができるだろうと期待しています。

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