次世代通信規格「6G」の策定作業が2024年にも始まる。市街地でつながりやすい電波はすでに逼迫しており、6Gではより高い周波数帯を使いこなす技術が求められる。
NECと富士通はそれぞれ高周波数帯に対応する基地局向け半導体の開発に力を入れ、無線通信分野で存在感を高めようとしている。
「6Gの未来を創造する準備が整った」。無線通信技術の国際標準化団体である3GPPは12月上旬、各国・地域の関連団体とともに6Gの技術仕様の策定に着手すると表明した。
24年以降に議論を本格化させ、基地局メーカーなどから6Gの規格を構成する要素技術の候補を募り始める。
通信速度は5Gの10倍
30年ごろの普及が見込まれる6Gでは、現行の「5G」の10倍に当たる毎秒100ギガ(ギガは10億)ビット前後の通信速度の実現を目標としている。
オフィスや工場、病院、教育などの現場で拡張現実(AR)や仮想現実(VR)技術の普及を後押しすると見込まれている。
電波がつながりやすい「プラチナバンド」と呼ばれる1ギガヘルツ以下の周波数帯域は携帯電話やテレビ放送などに割り当て済みだ。
1ギガ〜100ギガヘルツの帯域も各種の無線サービスに使われ、空きは少ない。6Gの大容量通信に必要な帯域幅を確保できるのは100ギガヘルツを超える「サブテラヘルツ波」などに限られる。
周波数が高く波長が短い電波は障害物を回り込みにくく、大気中でも減衰しやすい。
さらに「(電波を送受信する)アンテナ素子の面積が小さくなり、受信時の電力が落ちてしまう」(東京工業大学の岡田健一教授)という課題も抱える。
高い周波数帯で安定した通信を実現するには、高性能の半導体が欠かせない。
NECと富士通は19年に普及が始まった現行の「5G」向けの基地局では外部から半導体を調達してきたが、6G基地局ではそれぞれ独自半導体の開発に取り組んでいる。
NECは10月、6Gで利用が見込まれる150ギガヘルツ帯の電波に対応する通信用半導体を試作したと発表した。
多数のアンテナ素子と信号を強める増幅器などを一つのチップの上に集積した。4つの異なる周波数帯で大容量の電波を同時に送信できるアンテナ一体型半導体の開発に成功したのは世界初としている。
試作に使った回路線幅22ナノ(ナノは10億分の1)メートルのCMOS(相補性金属酸化膜半導体)製造プロセスはカメラの画像センサーの生産などにも使われる。すでに低コストで安定した製造技術が確立しており、量産にも適する。
NECの渡辺望コーポレート・エグゼクティブは「高周波の電波を扱うようになると、基地局の装置と半導体の設計が密接に関係する」と指摘する。6G基地局向けの半導体を自社でてがけるかどうかは検討中としつつも、「ノウハウを自社で持つことは重要だ」と話す。
富士通も高出力に耐えられる屋外基地局向けの半導体を開発中だ。減衰しやすい高周波数帯の電波を遠くに届けられるよう、半導体の素材にはシリコンに比べ耐久性の高い窒化ガリウムなどの素材を採用した。開発を担当する関宏之氏は6G基地局向けの半導体について「内製化は一つの手段」と話す。
離島へ「空飛ぶ基地局」も
6Gで使われるのはサブテラヘルツ波だけではない。NTTドコモで6G技術の開発に携わる永田聡氏は「屋外と屋内では異なる電波や基地局設備を細かく使い分けることになるだろう」と予想する。
市街地や建物内ではWi-Fiなどに使われる「マイクロ波」(周波数3ギガ〜30ギガヘルツ)や、より波長の短い「ミリ波」(同30ギガ〜300ギガヘルツ)の周波数帯を混在させる案が有力だ。
NTTドコモはNTTやNECとともに、6Gの周波数帯に対応する小型アンテナを屋内に分散して設置する技術の開発を進めている。
屋外基地局と同様に、移動するスマートフォンとの通信を異なる小型アンテナの間でスムーズに受け渡しすることを目指している。
高い周波数帯の電波は壁や家具を通り抜けにくい。NTTドコモは高周波数帯の電波を反射する建材や、電波を通しやすい窓ガラスなどの研究にも取り組む。
基地局を設置しにくい山間部や離島向けに、成層圏を運航する「空飛ぶ基地局」の開発も進んでいる。
現行の5Gでも一部のスマホはミリ波に対応するアンテナを搭載しているが、多数の基地局を高密度に設置する必要があり、活用は進んでいない。より高い周波数帯の電波を扱う6Gの普及に向けては、あらゆる無線関連技術の総動員が求められる。
特許使用料は年1兆円超
世界の無線通信関連の特許使用料の総額は年間1兆円を超えるとされる。有力な特許を持つ企業には資金が流れ込み、次世代技術の開発競争を優位に進められる。
3GPPが担う次世代通信規格の標準化活動では、参加する企業の利害がぶつかり合う。
特に代替の効かない標準必須特許(SEP)に自社の技術が採用されるかどうかは、基地局や通信用半導体を手がけるメーカーにとって大きな関心事だ。1990年代に標準化が進んだ「3G」では欧米勢が優勢だったが、2000年代以降は中国勢の台頭が目立つ。
調査会社、サイバー創研(東京・港)の推定によると、現行の「5G」では中国の華為技術(ファーウェイ)が標準必須特許全体の11.4%を握った。韓国のサムスン電子(シェアは9.2%)やLG電子(同8.9%)などを抑え、首位に立った。
日本企業では5位にNTTドコモ(同7.1%)が入ったものの、トップテンに基地局メーカーや端末メーカーの姿はない。標準化活動における存在感の低さに比例するかのように、22年の通信基地局市場におけるNECと富士通の世界シェアは合計でも2%程度にとどまる。
中国政府による盗聴などを警戒する米国がファーウェイ製品の排除を呼びかけたことで、西側諸国の間では5G基地局の調達先からファーウェイを外す動きが広がった。自国内で無線通信分野の有力メーカーを育てて多様な調達手段を持つことは、経済安全保障上の課題にもなっている。
6Gの技術開発を急ぐNTTは20年にNECと資本・業務提携したのに続き、子会社のNTTイノベーティブデバイス(横浜市)を通じて富士通の半導体設計子会社にも出資した。
かつて日本電信電話公社時代に「電電ファミリー」と呼ばれた企業群が、6G時代に新たな形で再集結しつつある。
(土屋丈太)
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日経記事 2023.12.25より引用