6日、ソウルの国会前で尹錫悦大統領の退陣を求めるデモ参加者=ロイター
【ソウル=藤田哲哉】
韓国の与党「国民の力」の韓東勲(ハン・ドンフン)代表が一転、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の職務執行停止を要求した。
「非常戒厳」による与野党代表の拘束など尹氏の計略が6日に発覚し、離反を招いたとみられる。世論調査でも尹氏の支持率は過去最低の16%となった。
3日夜から4日未明の非常戒厳について、最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表は尹氏の「クーデター」と厳しく批判した。軍関係者らの新たな証言から全貌が明らかになってきた。
「非常戒厳の発表を見たのか。この機会に(政治家らを)逮捕しろ。全部片付けろ。対共捜査権を与えるので防諜(ぼうちょう)司令部を支援しろ」。
3日午後10時53分。尹氏は韓国の情報機関、国家情報院の第1次長に直接電話した。
共に民主党の国会議員らが6日、第1次長の話として当時の状況を明らかにした。逮捕の対象は同党の李代表、禹元植(ウ・ウォンシク)国会議長、国民の力の韓代表ら政治家と法曹界、メディア関係者らが含まれていた。
「尹氏が司令官に直接指示」
韓国紙・朝鮮日報の報道によると、尹氏はまず国情院長に指示を出したが拒否されたため、次長に直接指示したという。第1次長も拒否し更迭されたが、その後に職務への復帰を求められたとしている。
韓国内で6日に生中継された報道番組では、非常戒厳を受けて派遣された特殊戦司令官が詳細を証言した。
3日夜、韓国の国会に進入した戒厳軍の兵士ら(画像の一部が加工されています)=国会事務局提供、聯合・共同
司令官によると、尹氏に非常戒厳を進言したとされる金龍顕(キム・ヨンヒョン)前国防相から①国会の制圧・封鎖②選挙管理委員会の封鎖、資料の搬出遮断③政権に批判的な革新層に人気があるポッドキャスト番組のスタジオなどの封鎖――の3つを指示された。
金前国防相から電話で10回以上指示を受け、尹氏からも「いま特殊部隊はどこまで行っているのか」と問い合わせがあったという。司令官が非常戒厳を認識したのはテレビの字幕だった。
司令官は「実際に国会に行ったら人が多く、作戦を実行すると大変なことになるので民間人に被害が出ないよう職務を遂行せよ」と指示した。
金前国防相からは「本会議場にいる国会議員を追い出せ」と指示があった。
ただ「国会議員を追い出すのは明確な違法行為だと思い、命令違反とは認識したが、指示を実行しないことを決心した」と打ち明けた。
兵士に実弾装塡も指示しなかった。こうした判断が「クーデター」未遂の要因となった。司令官は「もう一度、非常戒厳の指示が出たら拒否する」と断言した。
3日夜に軍部隊の国会到着が与野党の国会議員より遅れたことも大きかった。
軍部隊がソウル市内を流れる漢江(ハンガン)の中州、汝矣島(ヨイド)にある国会に向かうには、ヘリコプターで漢江沿いの空軍管理区域を通過しなければならなかった。尹氏が大統領就任後、漢江に近い竜山(ヨンサン)地区に大統領府を移したため、この空域に許可なしで進入すれば迎撃される恐れがあった。
許可を得る手続きのために軍部隊の国会到着は大幅に遅れた。皮肉にも尹氏が主導した大統領府移転が「クーデター」が失敗する要因の一つになった。
一方、中央選挙管理委員会の事務総長は5日、非常戒厳を受けて3日夜から4日未明にかけて本庁舎に兵士100人以上が集まったと証言した。職員の携帯電話などが一時押収されたと明かした。
選管に軍部隊を投入したのは、4月に与党が大敗した総選挙が「不正選挙」である証拠をつかむことを企図したものだったようだ。
金前国防相らは5日のSBSテレビで「不正選挙疑惑を捜査するため」と述べた。保守系のユーチューバーらが不正選挙と主張し「共産主義勢力から韓国を守れ」と唱えていた。
政権に批判的なポッドキャスト番組のスタジオなどの周辺にも兵士が派遣された。番組の配信をやめさせる目的とみられる。
尹氏の支持率、過去最低の16%
世論調査会社、韓国ギャラップが6日に発表した調査結果によると、尹氏の支持率は過去最低の16%、不支持率は75%だった。革新野党の支持率は上昇した。調査は3〜5日に実施した。
6日もソウルなどで尹氏の退陣を求める大規模なデモが行われた。2016年には当時の朴槿恵(パク・クネ)大統領が友人に便宜供与した疑いなどを受けて、退陣要求集会が広がった。朴氏は弾劾訴追案が可決されて失職した後に、収監された。
非常戒厳は尹氏と同じ高校出身の金前国防相ら同窓生が中心となって計画を練ったとの見方が広がっている。金前国防相は尹氏の1年先輩で、国防相に就任する前は大統領の警護トップだった。
警察を監督する李祥敏(イ・サンミン)行政安全相は尹氏の4年後輩。非常戒厳が出される数時間前に金前国防相と会話したと報じられている。野党側は尹氏を含む3人が首謀者とみて「内乱罪」で告発した。
韓国メディアは、金前国防相らが韓国南部の済州島から日本に向かうつもりだったと報じた。同氏の身柄は拘束されていない。
韓国の尹錫悦大統領は3日夜、野党多数の国会が行政をまひさせていると訴え「非常戒厳」を宣言。
韓国国会は4日未明、非常戒厳の解除要求決議案を出席議員190人の全員賛成で可決しました。尹大統領は決議案に従い、戒厳令は解除されました。最新ニュースと解説をお伝えします。
日経記事2024.12.06より引用