半導体大手の米クアルコムは年次イベント「Snapdragon Summit 2024」を米マウイ島で開催した
半導体大手の米クアルコムは10月21日から年次イベント「Snapdragon Summit 2024」を米ハワイ州マウイ島で開催した。
今後、各スマートフォンメーカーのハイエンドモデルに搭載されるチップセット(SoC)となる「Snapdragon 8 Elite」を発表した。
また、その翌日には自動車向けSoC「Snapdragon Cockpit Elite」と「Snapdragon Ride Elite」も披露した。
車載用、ディスプレー最大16枚に出力可能
いずれもCPUに「Oryon(オライオン)」を初めて採用した。
Oryonは昨年、発表したパソコン向けSoC「Snapdragon X Elite」に初めて搭載。
これまで米インテルや米アドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)の独壇場であったWindowsパソコン市場で、オンデバイスAI処理による「Copilot+ PC」という新しいジャンルを開拓したことで、クアルコムが2社に割って入る構図が生まれている。
今回、Oryonをスマートフォン、さらに車載向けに拡大した。3つのプラットフォームをすべてEliteブランドに統一したことで、クアルコムとして、どの分野でもオンデバイスAIに注力していくメッセージを発信したかったようだ。
車載向けの「Cockpit Elite」は車載情報システム(IVI:日本ではカーナビ的な存在)に注力した仕様となっており、グラフィック性能が高められている。
例えばディスプレー出力では、4K解像度のディスプレーを最大16枚分出力できる。運転席や助手席、後部座席などあらゆる場所に高解像度のディスプレーを設置することが可能だ。
もうひとつの「Ride Elite」は自動運転やADAS(先進運転支援システム)などの処理に使われるため、安全性を重視し、稼働保証をきちんと確保した形で提供される。
クアルコムではSoCだけでなく、自動車メーカーや部品メーカー、さらにはアプリ開発者がソフトウエアを開発できる環境も整備。従来よりもソフトウエアの開発期間などを短縮できるようにした。
クアルコムが提供するこれらのプラットフォームを搭載したクルマが登場することにより、スマートフォンやパソコンだけでなく、自動車の世界でも、生成AIを使った機能やサービスが一般的になってくることが予想される。
自動車向けSoC「Snapdragon Cockpit Elite」と「Snapdragon Ride Elite」を披露した
単に自動運転やADASに生成AIを使うのではなく、例えば、一人でクルマを運転して空港に行った際、周辺の駐車場がすべて満車だと生成AIが気がつくと、ドライバーに対して「空港の入り口で乗り捨ててください」とアドバイスを送ってくれる。
実際に入り口で乗り捨てると、あとはクルマが勝手に自動運転で周辺の空き駐車場を探して自分で停車する、あるいはクルマが自動運転で自宅に帰り、ドライバーが旅行や出張から帰ってきた際に空港に迎えにきてくれる――。なんてことも可能になるかもしれない。
こうした使い方は自動運転を実現するだけでなく「駐車場の空き情報」「周辺道路の状況」「ドライバーの行動予定」「決済システム」など、様々なアプリが生成AIによって連携して動く必要が出てくる。
そんな環境を整備するには、SoCだけでなく、プラットフォームを提供するクアルコムのような存在が必要になってくるのだ。
さすがに法整備が厳しい日本で、このようなクルマが出てくることは想像しにくいが、自動運転に前向きな米国や中国では、数年後に実現している可能性もあるだろう。
日本メーカー、存在感ほぼなし
今回のイベントで印象的だったのが中国の存在だ。
中国のメディアやインフルエンサーが大量に参加していたし、基調講演では中国の自動車メーカーである理想汽車と長城汽車がプレゼンを行い、これまでもクアルコムのプラットフォームを使ってクルマを造ってきたことがアピールされた。
クアルコムと中国といえば、スマートフォン業界では、かつては華為技術(ファーウェイ)に向けてSoCを提供していたし、いまでも世界3位の小米(シャオミ)や、OPPO(オッポ)、Vivo(ビボ)など、中国メーカーはクアルコムにとっての「お得意様」とも言えるのだ。
クアルコムはプラットフォームとして車載情報システム、ADAS、通信システムなど幅広く提供。自動車メーカーからの引き合いが旺盛のようだ
スマートフォン市場では台湾・聯発科技(メディアテック)など、コストパフォーマンスのいいSoCベンダーに押され気味のクアルコムであるが、車載向けではまだまだリードを保っている。
米エヌビディアなどの競合もあるが、クアルコムはプラットフォームとして車載情報システム、ADAS、通信システムなど幅広く提供しているのが強みとなっており、自動車メーカーからの引き合いが旺盛のようだ。
もちろん、イベントでは中国メーカーのみならず、独メルセデス・ベンツ・グループや独BMW、米ゼネラル・モーターズ(GM)などもメッセージを寄せ、クアルコムとの蜜月ぶりをアピールしていた。
一方で気になったのが、日本メーカーの存在感のなさだ。日本メーカーで唯一、クアルコムのプラットフォームを採用しているのを公表しているのはソニー・ホンダモビリティだけであり、会場でも社長の川西泉氏のビデオメッセージが流れていた。
他の日本の自動車メーカーは、一部でクアルコムの部品を調達していたとしても、プラットフォームをまるごと採用するといった動きは見られない。
やはり、日本の自動車メーカーは国内の「ケイレツ」を重んじる傾向が強く、クアルコムのような新参者が入る余地はないのだろう。
日本国内を守るという意味ではそれでもいいのだろうが、米国や中国、さらには欧州で「生成AIで動くクルマ」が当たり前になる時代が到来したときに、世界にクルマを輸出している日本メーカーは太刀打ちできるのだろうか。
かつて、スマートフォンが日本に上陸したのち、いくつかの日本メーカーが淘汰されたように、通信業界で起こったことが自動車業界にも起きえるのではないかと、気がかりでならないのだ。
石川温(いしかわ・つつむ)
月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。
携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜午後8時20分からの番組「スマホNo.1メディア」に出演(radiko、ポッドキャストでも配信)。
NHKのEテレで「趣味どきっ! はじめてのスマホ バッチリ使いこなそう」に講師として出演。
近著に「未来IT図解 これからの5Gビジネス」(エムディエヌコーポレーション)がある。ニコニコチャンネルにてメルマガ(https://ch.nicovideo.jp/226)も配信。X(旧ツイッター)アカウントはhttps://twitter.com/iskw226
最新スマホの最速レビューから、最新技術動向、スマホを巡るビジネスの裏側など業界を知り尽くす「達人」がお伝えします。動きの早いモバイル業界の「次を読む」ためのヒントが満載。
日経記事2024.10.26より引用