中央本線JR韮崎駅のホームから西側を見上げると真っ白な観音菩薩像(平和観音)が立っています。
ここは、かつての八ヶ岳山体崩壊で形成された舌状台地(七里岩)の突端に位置しており、そのひざ元に今回ご紹介する佛窟山 雲岸寺があります。
地元では、“窟観音・穴観音”(あなかんのん)と言う名称で親しまれ毎年3月の春分の日には祭礼が二日間盛大に催されこの日は観音御堂内の開扉もあり多くの参拝客で賑わうそうです。
本堂 本尊:薬師如来
日限地蔵菩薩 江戸時代 釜無川の大洪水の際に、現在の船山橋あたりに流れ着いたとされるお地蔵様をお祀りしています。
ここのお寺の観音堂は、崖の中腹を掘削しそこへお堂が埋め込まれている独特な懸造り形式が特徴です。
窟観音本殿 本尊:聖観世音菩薩(伝弘法大師作) 左に十王尊(地獄の裁判官)・右に心鏡が安置されているそうです。
お堂へは、こちらから上がれるのですが訪れた時は、残念ながら落石があって立ち入り禁止となっていました。
お堂には、他にも千体仏(千体地蔵尊)など見どころがたくさんあり当日参詣できなかったのが悔やまれます。改めて、再訪する予定です。
※ こちらのページに、お堂内の写真が掲載されていました。
(YOUTUBEに、お堂の動画が投稿されてました。)
窟観音(韮崎)
境内から反対側に抜けるトンネルが彫られていました。
トンネルを入ってすぐある石仏と弘法大師像
沿革: 韮崎市の七里岩末端の急がいの下にある寺院で、室町時代の寛正5年 祖慶和尚が開基したものである。
はじめは真言の道場であったが、江戸時代のはじめ元和元年、天越和尚によって曹洞宗に改宗された。
よって天越和尚を開山としている。 境内の窟観音は有名である。
空海が観音石仏を洞くつに安置し、住民が観音のために堂をたてたといわれ、寛文7年から千体仏を備えて翌年開眼したと伝えられている。 通称 穴観音として知られ、毎年3月の春分の日を大祭として2日間行われる例祭には参詣者でにぎわっている。(雲岸寺HPより)
はじめは真言の道場であったが、江戸時代のはじめ元和元年、天越和尚によって曹洞宗に改宗された。
よって天越和尚を開山としている。 境内の窟観音は有名である。
空海が観音石仏を洞くつに安置し、住民が観音のために堂をたてたといわれ、寛文7年から千体仏を備えて翌年開眼したと伝えられている。 通称 穴観音として知られ、毎年3月の春分の日を大祭として2日間行われる例祭には参詣者でにぎわっている。(雲岸寺HPより)
【マップ】
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます