
赤城神社@東京都新宿区赤城元町に鎮座
ここは、幾度と当ブログでも登場していながら新しくなった社殿を紹介しそこなっていたので新ためて投稿

飯田橋方面から神楽坂を登り切ったメトロ東西線神楽坂駅からすぐ。以前自分は、ここの氏子地区に小6時代まで住んでいました。
ドラマのロケ地や情報番組にも紹介され知る人も多いかも知れません。

如何にも近代的な神社ですが、とても歴史のある神社でもあります。
※以前の社殿はこちらの記事で紹介しています。
参考:赤城神社@東京都新宿区赤城元町←こちらは、建設途中に参拝した時の記事です。

あの!話題の“隅健吾”氏デザインの斬新な社殿。 建立当初賛否両論あり結構話題となりました。

とても美しい社殿です。神社では、初のグッドデザイン賞を受賞


こちらは、本殿になります。神社の基本様式を近代建築と融合させた見事な設計です。


斬新なカワイイ狛犬 いかにも現代風の姿ですが、江戸時代の加賀白山犬型と言うそうです。
この型の狛犬が戦前まで、存在していたのが戦火で消失され神社側もこだわった狛犬なんだそうです。

八耳神社のご祭神は“上宮之厩戸豊聰八耳命”厩戸といえばそうです聖徳太子をお祭りしています。 戦火で焼失した昔の「太子堂」なんだそうです。
出世稲荷神社は、どうやらこの地の地主神らしいです。

ここだけのオリジナルお守り“鬼太郎 目玉おやじとちゃんちゃんこ”

併設されている“あかぎカフェ”

ランチメニュー 三色赤城丼 ¥1200(限定10食のみ)あ(赤身の魚)か(唐揚げ)き(きのこ)だったような。
かなり時間が経過しているので、現在もメニューでやっているのかは不明です。
如何にも現代らしい斬新なデザインの神社ですが、子供の頃は、ここが絶好の遊び場でした。七五三や成人式もここで家族写真を撮った記憶が蘇ります。
また、裏手が高台となっていて見晴らしがとても良かった記憶があります。
しかし、既にその面影は今はなく、正直複雑な心境でもあります。
(撮影:2011-11)
赤城神社
【マップ】
祭祀:岩筒雄命(いわつつおのみこと)相殿として赤城姫命(あかぎひめのみこと)
※岩筒雄命を祀る神社は、全国的に見てもけっこう珍しいです。分祀した本家の群馬赤城神社にしかその神名は、見られません。
由緒:伝承によれば、正安2年(1300年)、後伏見天皇の創祀に際して、群馬県赤城山麓の大胡の豪族であった大胡彦太郎重治が牛込に移住した時、本国の鎮守であった赤城神社の御分霊をお祀りしたのが始まりと伝えられています。
その後、牛込早稲田の田島村(今の早稲田鶴巻町 元赤城神社の所在地)に鎮座していたお社を寛正元年(1460年)に太田道潅が神威を尊んで、牛込台(今の牛込見付附近)に遷し、さらに弘治元年(1555年)に、大胡宮内少輔(牛込氏)が現在の場所に遷したといわれています。この牛込氏は、大胡氏の後裔にあたります。(赤城神社公式ページより)
ここは、幾度と当ブログでも登場していながら新しくなった社殿を紹介しそこなっていたので新ためて投稿

飯田橋方面から神楽坂を登り切ったメトロ東西線神楽坂駅からすぐ。以前自分は、ここの氏子地区に小6時代まで住んでいました。
ドラマのロケ地や情報番組にも紹介され知る人も多いかも知れません。

如何にも近代的な神社ですが、とても歴史のある神社でもあります。
※以前の社殿はこちらの記事で紹介しています。
参考:赤城神社@東京都新宿区赤城元町←こちらは、建設途中に参拝した時の記事です。

あの!話題の“隅健吾”氏デザインの斬新な社殿。 建立当初賛否両論あり結構話題となりました。

とても美しい社殿です。神社では、初のグッドデザイン賞を受賞


こちらは、本殿になります。神社の基本様式を近代建築と融合させた見事な設計です。


斬新なカワイイ狛犬 いかにも現代風の姿ですが、江戸時代の加賀白山犬型と言うそうです。
この型の狛犬が戦前まで、存在していたのが戦火で消失され神社側もこだわった狛犬なんだそうです。

八耳神社のご祭神は“上宮之厩戸豊聰八耳命”厩戸といえばそうです聖徳太子をお祭りしています。 戦火で焼失した昔の「太子堂」なんだそうです。
出世稲荷神社は、どうやらこの地の地主神らしいです。

ここだけのオリジナルお守り“鬼太郎 目玉おやじとちゃんちゃんこ”

併設されている“あかぎカフェ”

ランチメニュー 三色赤城丼 ¥1200(限定10食のみ)あ(赤身の魚)か(唐揚げ)き(きのこ)だったような。
かなり時間が経過しているので、現在もメニューでやっているのかは不明です。
如何にも現代らしい斬新なデザインの神社ですが、子供の頃は、ここが絶好の遊び場でした。七五三や成人式もここで家族写真を撮った記憶が蘇ります。
また、裏手が高台となっていて見晴らしがとても良かった記憶があります。
しかし、既にその面影は今はなく、正直複雑な心境でもあります。
(撮影:2011-11)
赤城神社
【マップ】
祭祀:岩筒雄命(いわつつおのみこと)相殿として赤城姫命(あかぎひめのみこと)
※岩筒雄命を祀る神社は、全国的に見てもけっこう珍しいです。分祀した本家の群馬赤城神社にしかその神名は、見られません。
由緒:伝承によれば、正安2年(1300年)、後伏見天皇の創祀に際して、群馬県赤城山麓の大胡の豪族であった大胡彦太郎重治が牛込に移住した時、本国の鎮守であった赤城神社の御分霊をお祀りしたのが始まりと伝えられています。
その後、牛込早稲田の田島村(今の早稲田鶴巻町 元赤城神社の所在地)に鎮座していたお社を寛正元年(1460年)に太田道潅が神威を尊んで、牛込台(今の牛込見付附近)に遷し、さらに弘治元年(1555年)に、大胡宮内少輔(牛込氏)が現在の場所に遷したといわれています。この牛込氏は、大胡氏の後裔にあたります。(赤城神社公式ページより)
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