船の好きなじいじの絵日記 愛艇アルビン28クルージング

瀬戸内海相生マリーナを定係港に愛艇の航海や日頃の出来事を船の好きなじいじの絵日記として印刷製本して保存しています。

高松屋島西国88か所85番八栗寺クルージング

2015年09月27日 | 瀬戸内海クルージング

天候晴れ波0.5クルージング日和です。

10時相生出港

家島諸島と小豆島の間を航行し水の子礁を目指します。

播磨灘の一角に突如として出現する岩・・・岩礁です。

対岸は小豆島東部

灯台があるので安心ですがなければ衝突する船舶多発でしょう。

海上自衛隊にお願いして爆破して頂きたいものです。

海上保安庁の灯台管理も不要

航行船舶も安心です。

まあこんな岩礁瀬戸内海には数えきれないほどありますが・・・・

本船航路を横断し四国側へ

航路を外して志度沖から屋島沖に向かいます。

大島手前から左方向屋島湾へ入ります。

屋島湾一番奥の石材積出岸壁に向かいます。

岸壁には釣り人が沢山います。

拡声器でその岸壁に係留したい旨を伝えると釣り糸を上げてもやいを取って頂きました。

ありがたい事です。

係留作業を済ませ釣り人に八栗寺へ行く八栗ケーブルの八栗登山口駅までの距離をお聞きすると徒歩で30分以上かかるとの事

しかも途中から坂道です。

不整脈と無呼吸症候群の私にとっては少々きつい道のりですが汗をかきかき頑張ります。

汗が吹き出します。

アスファルトの高温で焼けた道路に汗が滴ります。

ちょっとオーバーかな

でも汗びっしょりです。

ケーブルまでの途中に讃岐うどんの名店山田屋があります。

やっと昼飯にありつけます。

ノンアルコールでのどを潤します。

聞けば300名以上収容とか、大きな店舗です。

一杯のお客さんで順番待ちです。

うらやましいほどよく流行っています。

広い広い駐車場は車で一杯です。

料理もおいしく沢山のお客さんもうなずけます。

御腹も満腹坂道をもう少し頑張ります。

命からがら八栗寺登山ケーブルカー八栗登山口駅に到着です。

ケーブルは15分間隔で運転されていて700メートル弱の往復が900円余りです。

ちょっと高いような気もしますが歩けば地獄、ありがたい事です。

女性運転手で出発進行

八栗頂上駅に到着です。

少し歩くと八栗寺

結構な立派なお寺です。

交通安全のお守りも購入し展望台へ

高松市内と屋島展望です。

勿論各所に十分なお賽銭をお供えして置きましたよ。

当然ですね

以下ヤフーから

 

「屋島の東、源平の古戦場を挟み標高375mの五剣山があります。地上から剣を突き上げたような神秘的な山です。八栗山はその8合目にあり、多くの遍路さんはケーブルカーで登られます。 天長6年、大師がこの山に登り求聞寺法を修めた時に、五振りの剣が天振り注ぎ、山の鎮守蔵王権現が現れました。そして「この山は仏教相応の霊地なり」と告げられたので、大師はそれらの剣を山中に埋め鎮護とし五剣山と名づけらました。

五剣山の頂上からは、讃岐、阿波、備前など四方八国が見渡すことができたので、もともと八国寺という寺名でした。 延暦年中、大師は唐へ留学する前に、再度この山に登りました。そして仏教を学ぶ念願が叶うかどうかを試すために8個の焼き栗を植えられました。無事帰国し、再び訪れると、芽の出るはずない焼き栗が芽吹いていました。これが八国寺を八栗寺へ改名した由来です。この寺も長宗我部元親による八栗攻略の兵火により全焼しました。しかし、江戸時代に無辺上人が本堂(三間四面)、さらに高松藩主松平頼重が現在の本堂を再興、弘法大師作の聖観自在菩薩を本尊として安置し、観自在院と称するようになりました。五剣山は、宝永3年(1706)に、大地震を遭い、昔は五つの嶺のうち、東の一嶺が中腹より崩壊し、現在の姿になりました。」

 

再びケーブルで登山口駅に

係留岸壁までは今度は下りです。

途中若者が10月の秋祭りの準備中でした。

早いですね

やれやれ途中コンビニで休憩し岸壁へ

係留時は満潮、今回は干潮、1メートル50センチ以上船が下がっています。

もやいロープを外しバウデッキへ飛び降ります。

さあ出港です。

今度は男木島から備讃瀬戸本線航路を横断し豊島を通り小豆島を超えて岡山県との間を航行します。

小豆島一周ですね。

写真は小豆島遠望

写真は家島諸島です。

夕日がきれいです。

無事相生港入港お疲れ様でした。

ではでは

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コメント (2)
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