とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

編集者

2012-11-10 22:37:32 | 日記
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宍道湖の夕景

 この夕焼けは私たち出雲地方の住人にとっては心のふるさとを感じさせる風景である。生きるパワーの源である。

 
 あ、畝本さんですか、初めまして・・・だと思いますが、私、小室麻衣子と申します、ご存知ですか。夕方突然電話がかかってきました。

 いえ、どなたでしたっけ。

 美術雑誌の編集をしてます。

 美術雑誌。・・・ああ分かりました。いつか、冴子さんの店に来られた方ですね。それから京子さん夫婦の企画賞の・・・。

 ええそうです。覚えていただいていて光栄です。

 で、どうしてこちらに・・・。

 ええ、今度も取材です、独立展新人賞の。

 ああ、ほんとによかったです。安心しました。

 京子さんの家に昨日お邪魔して取材し、古賀さんのお話もいろいろ伺いました。

 ああ、仕事は終わったんですね。

 ええ、明日の朝東京に帰ります。

 あ、そうですか。

 それで、ですね、どうしてもお電話しておかなければと思いまして・・・。

 どういうことでしょう。

 笙子のことです。

 あっ、そうでした。分かりました。貴方はお姉さんですね。

 そうです。冴子さんからお聞きになったんですか、姉妹だということ。

 いえ、聞いたのは小室さんが笙子さんの実の父親だということです。ですから、私は自然に・・・。

 私が姉だと・・・。

 そうです、そうです。

 ありがとうございます。

 いえ、お礼を言われるような・・・。

 気づいていただいてすっかり気持ちが楽になりました。何でも話したくなりました。

 何でも・・・ですか。

 そうです、何でも。先ず、私の父の過去のことは・・・。

 ええ、多少は伺っています。

 因果応報、一時父はこれでお仕舞だと思ったことがあります。

 ・・・。

 その時救っていただいたのが小仲さんです。ご恩は一生忘れません。妹を養女に、というお話をいただいた時、父も、妹も素直に受け入れました。私はむしろ喜んでいました。何しろ父の命の恩人ですから。

 ・・・。

 ご縁というものは不思議なものですね。仕事の上で畝本さんと笙子が出会ったのですから。今度の仕事は全く地味ですが、きっと日の目を見る機会があると思います。不思議と言えば、今度そちらの美術館の学芸員として来られる坂本龍太郎さんは仕事の関係でよく存じ上げています。キャリアを生かして芸能人の作品をメインにされるとか。適任です・・・。

 ちょっと・・・、一つだけ聞いてもいいですか。

 ええ、どうぞ。

 あのー、お二人のお母さんの話が出てこなかったと・・・。

 ああ、母ですが、死にました。もう随分前です。・・・死体はある湖から見つかりました。

 と言いますと・・・。

 いえ、死因は分かりません。

 道理で・・・。

 何でしょう・・・。

 いえ、何でもありません。

 そのことは忘れたいです。・・・あ、どこまで話していましたっけ。

 坂本さんのことを・・・。
 
 ああ、そうでした。・・・それからもう一つ、中村仙女さんともときどきお会いします。

 えっ、仙女さんと・・・。

 そうです。仕事の関係でときどき・・・。で、最近お邪魔しましたが、何か大作を描いておられました。絵柄は・・・、ああ、これはお話ししない方が・・・。

 そうですか。

 ご免なさい。長話になってしまって・・・。

 いえ、構いません。

 あっ、もうこんな時間、・・・ほんとに失礼しました。いずれお会いして・・・。今夜はこれで失礼します。お疲れのところ本当にごめんなさい。・・・話はそれで途切れました。私はしばらく呆然としていました。

 
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