
いよいよ約束の日。私は妻に500万円を渡しました。こんな大金どうしたの ? 妻は疑うような顔つきで私を見つめました。これからの生活費にと思ってある人から借りた。誰なの ? 妻は紙包みを抱きしめながら、女の人でしょう、と言いました。いや、変な心配しなくてもいい。私はそう言い残して家を出ました。
私は、何が起こるか分からないので、身構えて綾野のアパートに車で出かけました。駐車場に車を止めて、アパートの階段を恐る恐る登っていきました。部屋に入ると、綾野はすっきりした白いワンピースを着ていました。私を乗せてって、車お願いね、下で待ってます。そう言うので、私は駐車場まで駆けて行きました。
アパートの下に車を止め、出ると、階段の下で綾野が横たわっていました。抱き起こすと、顔に血が付いていました。
「どうしたんだ」
「あいつにいきなり殴られた」
「あいつ ?」
「私のところにたまに来る嫌な男だわ」
「旦那 ?」
「いや、嫌な男」
「で、その男・・・」
「逃げたい。早く逃げたい。早く車に乗せてちょうだい」
私は、抱き抱えて車に乗せました。綾野はしきりに、ヤクソク、ヤクソク、と言いました。
「ヤクソクを果たしてちょうだい」
「ど、どうすればいいんだ」
「とにかく車を出して」
「どこへ行く ?」
「海岸。海が見たい」
「分かった」
私は、近くの岬に向かって車を走らせました。走っているうちに、私は、異常に興奮している自分に気づきました。このまま海へ突っ込みたい。そんな衝動が湧き上がってきました。
「ああっ、海が見える。海が見える」
「綺麗だ」
「天使になりたい」
「なに。天使 ?」
「そう、天使」
「どういうことだ」
「あの岬からこのまま空へ・・・」
「・・・」
私は、やっと意味が分かりました。納得すると、急に莫大なエネルギーが満ちてくるのを感じました。アクセルをいっぱいに踏むと、恍惚感に満ち満ちてきました。・・・車は、岬のガードレールの隙間から飛び出して宙に浮かびました。
「ああ、私に、羽根が生える、羽根が・・・」
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