眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

景色

2012-03-02 | 
景色は消えやすい。そんなことをぼんやり考えていた。二本目のワインの瓶が空いた。そうとう酔っぱらっていたようだ。僕は緑色のソファーに横になり、眠っていたらしい。目を開けると、少女が心配そうに僕の眼を覗き込んでいた。

 大丈夫?

少女が大きなマグカップに水をくんで来てくれた。それを一息に飲み干し、煙草に火をつけた。少女は時計を指差した。
 
 もう、夜中の三時よ。
  君はずうっと起きてたのかい?
   だって、あなたすごく酔っぱらってたから・・・。
    どうしたの?

煙草を吸い終えて、僕は少女に呟いた。
  ね、ギター持ってきてくれないかい?

彼女はうさんくさそうな目で僕を見つめた。
  そんなに酔っぱらって、ギター壊さないでよね・・・。
僕は少女が抱えてきたグレッチのカントリー・ジェントルマンを調弦した。

  狂ってるわよ。

  僕のこと?

  馬鹿ね。調弦よ。

僕からギターを取り上げて彼女は音を合わせてくれた。僕は音を紡いだ。まるで、夢の中で見た景色に触れられそうだったんだ。メロディーを酔っぱらったあたまで奏でた。それは夜中の三時に丁度良い音だった。

  どうして、そんなに哀しい音を弾くの?
   少女が呟きながら、スコッチを舐めていた。
    哀しい夢でも見たの?

僕は何も答えなかった。ただ音を弾き続けた。
カーテンを空けた窓のそとは、青い三日月で寒いほど清潔な明るさだった。今日は野良猫たちも大人しかった。僕は夢見たのだ、あの景色を。僕らは皆一緒で、酒を飲んだり煙草を回しのみしていた。誰も居なくなったり、消えてなくなったりしなかった。ワインはたっぷりあったし、マスターが作るカレーライスと豆のスープはとても暖かかった。終わりなんてないんだと思っていた。世界は夢で出来ていたし、僕らは仲間だったのだ。酔っぱらって、皆で店を出て公園を散歩した。消えるはずのない音楽が突然止まったのは一体いつのことだったのだろう?一人ずつ消えていった。そうして、僕だけがいまだに此処にいる。だから、音楽が続くように祈っているのだ。封印された景色を思い出そうと努力する。たまに夢を見る。皆が笑っている。だけど、いつのまにか彼等の名前を忘れてしまっていることに気ずく。僕はやるせなくて酒を飲む。ね、明日会おう。約束は約束のままだ。瞬間が永遠に同化した。景色は消えやすい。
少女が二杯目のスコッチをロックで飲みながら、僕のメロディーに合わせて口ずさむ。とても素敵な声だった。

  月の雫の眠る夜
   電線が伝言する
    哀しいから手紙は書かない
     けっして残らないアリバイ
       野良猫たちがすっとんきょうに歌いだす

僕らはこの部屋で音楽を創り続けた。それだけが移ろいやすいこの世界で、きっとたしかな想いだった。外は青い月の光に照らし出される。

    それだけが
     きっとたしかな想いだった

      景色の記憶が目の前をざわめかせる

       けれど二度と触れることは出来ない

        二度と










コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする