獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

友岡雅弥さんの講演:大聖人は「血脈」否定論者だった(3)

2023-09-01 01:31:04 | 友岡雅弥

これまで、karagura56さんのブログ「浅きを去って深きにつく」から、友岡さんの言葉を拾ってきました。
同じブログには、友岡さんのセミナーや講演の記録も残っています。

「浅きを去って深きにつく」karagura56さんのブログ
友岡 雅弥講演(1)(August 24,2006)

読みやすいように、まとめられるものは整理して再構成しました。
明らかな誤字脱字は訂正しました。

 


■友岡 雅弥氏(東洋哲学研究所・研究員)の講演内容(要約)
■日付/1994(平成6)年
■会合名/不明

 「大聖人は「血脈」否定論者だった」

(つづきです)

もとの話に戻りますけど、経典が入ってきた頃の中国では、「浄」は「改善する」ていう
意味やったんです。
その通り訳した。
しかし、それから2、3百年たって、「浄」の意味も全く変わってしまいました。
中国人はこの「浄」を「人間わざでない、神様の」という意味に受け取ったんです。
もともとは人間わざですよ。人間の力で変えていく意味だったんです。
それが、浄土というのは「神様の土地」だということになってしまいました。

このように言葉は時代と共に変わるんですよ。
例えば日本語の中に「影(かげ)」っていう言葉があるんです。
今、影は暗い所でしょ。日影(ひかげ)って暗い所です。
でも明治・大正までは「日影」て言うと日なたのことやったんですよ。
「月影」と言うたら、『もれ出ずる月の影のさやけさ』という百人一首、あれは月の光が
煌々と照ってるという意味なんです。
「影」の字には、「日」があるでしょ。「京」は大きいという意味ですわ。
「京都」は大きい都の意味。「鯨」て書いて「くじら」て読むでしょ。百・千・万・臆……京でしょ。
影は大きな太陽が出て日が燦々と降り注そいでる「明るい」っていう意味やったんです。
そういうふうにわずか70~80年前で、日本語でもころっころっ、変わってます。

仏教とは何のゆかりも無い、仏教が入ってくる以前から中国には「道教」という思想がありました。
道教では山の奥の方に「桃源郷」というユートピアがあり、そこに神様が住んでいる。
「山の奥」といえば中国では「西の方」です。遥か西方に神さんの場所があると思われてた。
そしてそこへは仙人になって断食して雲に乗れるようにならないと行けない。
我々はそんな事できません、ダイエット失敗ばっかりしてるのに。
卵でも失敗し、ヨーグルトでも失敗しいね。
我々が行こうとしたら、死んで、魂がぷかぷか浮いて行って、西の方にある神様の住んでいるその桃源郷という場所へ行って、ハッピーハッピーゆうて生き続けるというんです。

「西の方にある・・」聞いた事あるでしょ。
それはまさしく「極楽浄土」なんですよ。

浄土は、もともとの意味は現実を変革するという意味やけど、それが数百年たって、当時の中国の人が「浄土」って見たら『あっ神様の土地や』と思った。
それで、「神様の土地」いうたら桃源郷のこっちゃないかい。
『なんや、仏教も桃源郷と同じ事言うてるわー』という事になって、死んでから遠くの方へ行く「極楽浄土」ていう考え方が出来た。

そしたら、そんな神様の国に砂漠や戦争なんかあるわけないでしょ。
それで砂漠に井戸を掘る、戦争孤児を助ける…なんかは、『こんなんあるわけない』と、
後の部分をカットしてしまったんです。

こうして全く変わったものになって、仏教は日本に伝来したんです。

(つづく)

 


解説
「浄土」とは、もともとのインドでの意味は友岡さんの言われる通りなのかもしれませんが、日本に伝わった時点で、「浄土」は現世とは別のところにある、清らかな場所という意味に転じたのではないでしょうか。
おそらく大聖人も、そういう意味で「霊山浄土」を使っておられると思います。


獅子風蓮