わたし、斎藤保育、やったなあ。
ちょうど一年前のブログの記事では、あの頃を振り返っている。
若いお父さんに、
結局どんな子に育って欲しいんですか?
と、聞かれた時に、
いや。そういう、親のエゴ的な事ではなくて。
と、思ったけどうまく言えなかった。
第三子はアレルギーで硬く冷たい身体。
第四子は左半分が、麻痺しているように閉じた手のひら。
それを、斎藤先生から学んで、緩ませ開かせ血を通わせていく。
自由教育じゃなくて、自由への教育なのよ。
お世話になった園長先生に言われた言葉は、今も指針になっている。
わたしの元にきた子供たちを自由の方へ導くように精一杯やった。
願いは、その子がその子らしい生を生きられますように。
前世からのカルマも超えて、ダルマを生き切る人生。
少しでも、それに近寄らせたい。祈るような気持ちの日々だったかもしれない。
斎藤保育の卒園式では、卒園児達が側転をする。
それを見ると大人は、感激する。
ああ、あんな事までできる素晴らしい発達ね。
いや、もっと深いところでうたれるのだ。
そこには、
斎藤先生の本にあった
「重力からも自由になった喜び」で、弾けそうな子たちの姿がある。
素敵だなあ。君は。
森は生きているで、4月のお兄さんが、継娘の凜とした姿を見て思わず呟く。
呟かずには、いられない。
毎日を、生きている子供たちを見て、同じように思っているわたしがいる。