JR土岐市駅のある土岐市の中心街から車で15分ほど南西に走ると、駄知町地区があります。
駄知町は山間の小さな町ですが、戦前から美濃焼き(陶磁器)の産地として栄え、特にどんぶりの生産で有名で、今でも往時の姿をとどめる昭和な街角の風景がそこかしこに残っています。
町の中心部にある駄知郵便局の交差点を南へ入ると、川沿いにレトロな外観の建物が建っています。
この建物は現在の東濃信用金庫の前身にあたる駄知信用組合(大正13年設立)の本店として昭和7年(1932)に建てられました。
その後駄知信用組合は駄知信用金庫(昭和26年)、岐陶信用金庫(昭和27年)に名称が変更され、昭和54年には多治見信用金庫、土岐津信用金庫と合併し、東濃信用金庫が設立されました。
昭和31年(1956)に信用金庫が新社屋に移転、現在は駄知小売商業協同組合の事務所として使われています。
昭和初期に建てられた信用組合の建物としては改変が少なく、金庫室や2階のホールなどほとんど当時のままの状態で残されています。
一近代建築ファンとしては、これからも陶磁器で栄えた戦前の駄知町を代表する建物として、末永く保存活用されることを願わずにはいられません。
◆駄知小売商業協同組合(旧駄知信用組合)/岐阜県土岐市駄知町1748-5
竣工:昭和7年(19323)
構造:木造2階建
撮影:2013/04/28
■建物西側正面~外壁は黒く塗った下見板張りですが上部は縦に板を張り白塗りにして変化をつけています
■建物南側~2階の窓の上のペディメント風の三角形の木枠が外観のアクセントになっています(竣工時のものかは不明)
■玄関脇の丸ポストは1955年製で、過ぎ去りし昭和の時代を語っているようです
■外観を撮影していると、たまたま出勤された組合の方のご厚意で、建物の内部を見学することができました!
玄関を入ると信用組合当時の木製のカウンターがそのまま残っています
■組合の方のお話によると、元々は広いワンルームでしたが、現在はタイル貼りの円柱の後ろに壁を設け二部屋に分割して使用しています
■奥の部屋の北側には金庫室が設けられ、壁には頑丈そうな鉄の扉が二つ並んでいます
■金庫室の扉も当時のままで、金庫メーカーの登録商標「石垣発明」が時代を感じさせます
■金庫室は北側に張り出す格好で、建物とは独立した土蔵造にして防犯防火対策を施しています
■土蔵の壁に残る信用組合のマーク
■玄関から入って一番奥東側にある階段
■2階は広いワンルームでステージ(カーテンの奥)もあります~現在はそろばん教室として使われているとのこと
■消防で使われたらしい木製の箱が残されていました~何が入っていたのでしょうか?
■ステージの両脇には出入り口があり南側(下の写真奥)は階段室に通じます
■ドアの欄間風の透かし彫りも当時のまま残っています
■建物のすぐ南側には昭和26年に建立された駄知信用組合の石碑があり、組合の沿革などが詳しく刻まれています
■ちょっと懐かしい昭和の風景が今も残る駄知の街角