朝晩がめっきりと涼しくなってきました。
なんだか、夏がとても短かったような気がします。
夏があまり得意じゃない私にとっては、ちょっと嬉しいことなのですが、異常気象が続くとなると、心配ですね。
今日は、緩和ケアの考え方について私の思うところを書こうと思います。
私が所属する病院には、緩和ケア病棟があるにもかかわらず、病院内での緩和ケアの概念は浸透しているとは言い切れない状態です。
緩和ケアをやるのは、「緩和ケア病棟」といった残念な認識が根強いのは、幸か不幸か、院内に緩和ケア病棟があるから、ということも理由のひとつだと思います。
当院には、抗がん剤や放射線治療などの治療ができなくなった患者さんが、よく入院されてきます。
入院されてくるのですから、患者さんは必ず、痛みやしんどさ、食欲不振、体力低下などの苦痛を抱えていらっしゃいます。
一般病棟の医師は言います。
「治療しても無駄な患者さんは診ない。緩和ケア病棟が早くとって(病棟を替わること)くれたらいいんや。」
「僕は、治療がしたいんや。」
「僕は、内科の医者や。緩和は緩和(ケア病棟)がやればいい。」
緩和ケアについて、困っているというよりは、「投げ出したい」という気持ちがひしひしと伝わってきます。
この狭間で、苦しんでいるのは、患者さんとご家族です。
そんな患者さんのケアについて病棟師長から介入の依頼があり、患者さんや家族のケアを行っています。
しかし、私1人が介入したからといって、患者さんが心身ともに楽になるわけではありません。
緩和ケアであっても、治療であっても、ケアはチームアプローチが必要といわれて久しいのですが、当院にはそうしたチームでのアプローチというものがまったくなされていないというのが大きな原因だと思っています。
ケアに携わるスタッフが協働できるようなアプローチを行うのが私の役割だとしたら、院内での私の活動の成果は、全くみえてきません。
患者さんの痛みは、一般病棟では手に負えないほどのものではありません。緩和ケア病棟と同じようなケアを提供することはできないこともあるかもしれませんが、一般病棟だからできることもあります。
何とかならないものか…、と担当医に薬剤の提案をしたところ、
「看護師から命令されている」と憤慨され、その医師とのやりとりが断絶してしまう経験をしました。
患者さんは、日々、体力が低下しています。
家に帰りたいと希望されていた患者さんは、ベッドの上で朦朧とした意識状態で横たわっています。
少しでも、草の根的に、緩和ケアを院内で広めていこう、そう思い、教育の場では、看護師に伝えています。
緩和ケアには、特定の知識も必要かもしれない。
けれど、よく考えてみてほしい。
発熱でしんどい患者さんをそのまま、放置しておくことはないよね。
解熱剤を与薬する。
掛け物や室温を調節し、汗をかいたら、体を拭いて、着替えをしてもらう。
水分を摂ってもらう。
体力の低下が著しいなら、ベッド周りのものをなるべく手の届くところにおいてあげる。
夜中でもナースコールで呼んでくださいねと声をかける。
「しんどいですね。」と体をさすったり、手を握ってあげる。
これは緩和ケアなんだよ、と。
緩和ケアは、あらゆる疾患のケアの基礎となる考え方なんだよ、と。
そんなこんなで、いろんな経験をしているうちに、徐々に、また私のエネルギーが枯渇しはじめています。
これからどうしようかな…。
と、漠然とですが、考えあぐねる日々が続いています。
私の経験は、すべて、自分の能力を振返らざるを得ず、心身が鈍く痛みます。
ここは、不特定多数の方が読んでくださっているかも?しれない?ブログの場。
かっこよく、「これから緩和ケアを院内に浸透させるため、ケアの向上のためにがんばりますっ。」と言いたいところですが…。
明言はやめときます。
なんせ、エネルギーが枯渇していますから。
でもね、日々のケアはやりますよ。ぼちぼちね。
ぼちぼち…。