緩和ケアで行こう

へなちょこ緩和ケアナース?!のネガティブ傾向な日記です。

ところ変われば…

2019-08-29 16:44:01 | ぼやき

昨年から、職場が変わりました。

人生、何が起こるかわかりませんなぁ、意図していたことの中にも、「まさかね~」ということは含まれているもので。

お引越ししないといけなかったので、職場も変わった、というわけです。

今も緩和ケア病棟で勤務していますが、同じ緩和ケア病棟とはいえど、場所が変わるとほんと、いろんなことが違うなぁ、とつくづく思います。

新たな発見、ああ、今までやってきたことの方がよかったなぁ、とか、こっちの方がすてきね、なんていうことがたくさん見つかりました。


職場を変わると自分の傾向としては、最低1年くらいはその職場に「心底は」なじめない、ということです。

そんなん、当たり前やーんと思われるかもしれませんが、この気持ち、案外やっかいです。

その職場のことを好きになれないので…

もちろん、職場ではちゃんと協働しておりますよ~

しかーし、笑顔の裏にはグレーな気持ちが渦巻いているので、ふと立ち止まって自分の置かれている状況や起こった出来事を考えてみると、何とも気持ち悪い感覚に襲われます。


この感覚は、時間が解決してくれるものと思っています。

ただ時に流されるだけではなく、時間とともに自分で解決していかなくてはならないものとも思っています。

だから、早まって「やーんぴっ」ってことはどんなことがあっても(よっぽどのことがない限り)するつもりはありません。

今よりももっといいものが見えるかもしれないしねー。


とりとめのない内容でした、読んでくださった方、すみません…


冬のままでもよかったのに?

2014-03-29 12:54:16 | ぼやき

 すっかりと暖かくなりました。

 
 暖かくなるのが嬉しいやら…、
 怖くもある。


 
 本音のところでは、冬のままでもよかったのにとも思うけど、時はどんどん前に進んでいく。



 あせる気持ちすら、焦げ付いていくような気もします。

 


 。。。。。というのがこのところの心境。


 


なんだか、なぁ

2014-01-10 17:45:15 | ぼやき

 最近、
 緩和ケア病棟って何?
 緩和ケアって何?

 って、思い始めた。


 
 一般病棟と緩和ケア病棟って、そんなに違いがあるのかしら?と。


 緩和ケアってね…ってお話しすることも控えている。

 
 最近、そんなことをお話しすること自体に違和感を感じているのです。


 

 
 漠然とした思いでした。
 


最大級並みのぼやき

2012-06-01 23:05:22 | ぼやき

 
 プロとして、その誇りと使命を請け負うことなく、日々の「やっつけ」仕事が最善とする姿勢は、専門職として最低だと思う。
 患者さんからの苦情は、「やっつけ仕事」がきっかけのことが多い。


 現状でうまくいかないことは、自分以外の誰かに問題がある。
 自分には問題はない。



 そう思うことはとても危険。


 
 楽な仕事、なるべく手間のかからない仕事がいい。
 仕事の手間は「とてもしんどいからこれはだれかがなんとかすべきこと」とあまりにも自分不在のアピール。

 このタスクをこれこれの感じで、いつまでの期限でお願い。
 そのお願いは通ることはまずなし。


 これこれがうまくいってないので、必ず守ってほしい。
 そのお願いは無残に葬られる。


  
 




 緩和ケア病棟では、特に、
 そんなスタンスでは、患者さんのケアはできない、そう、ポンは思う。



 これまでのうちの緩和ケア病棟の在り方に、そろそろ、マイ・ボルケーノ爆発っ状態な毎日。
 何度も、いろいろな試みはやってきたけれど、万策尽き果てまして。
 そして、ようやく、今の環境は自分には合わない、と気持ちとして決断することができました。


 だからといって、馬車馬のポンとしましては、日々の時間が仕事に追われてにっちもさっちもいかない状態。



 
 もう、限界っ。



 ごめんなさい。
 こんな愚痴を言わずにはいられなくて。





 小さな灯火のような希望は見えていますが、自分にとっての逆境があまりにも手ごわすぎて、それに対する手立ては、そこから逃れるしかないといった状況に追い込まれてるポンでありました。



 

 

今の気持ち

2011-12-25 23:58:57 | ぼやき

ばたばたしていたら、
クリスマスが終わってました。

明日からは、ごく普通に日常が始まります。
とはいえ、今年も残すところ、わずか。



来年に向けて、久々、気持ちが重たいです。


自分にとっての方向転換といえることは、これまで、自分なりに信じれることがあって、迷わずに進んできました。
けれど、今回の方向転換はどうも、いろんなことがあいまいなままです。


方向転換…。


もうそろそろ、今の職場でやっていくことが、自分にとってあまりいいことではないように思えて仕方なくなってきています。
もうそろそろ、なんて。
今まで、ずっとそう思っていて、その気持ちが一層強くなっているということなのですが…。


今は、正直に言うと、孤独です。
孤独は、さみしいときもあります。
自分が風邪をひいていようが、誰も何も声をかけてくれなかったり…。

さみしいな…と思っていましたけど、よくよく考えてみると、自分も相手にそのような反応を返させるようなことをしてきたってことなんだろうなと思っています。
今は、孤独というよりも、諦めの気持ちの方が強いです。

その孤独のおおもとを、何とかしようというよりも、やり過ごそうとしているのですから。
打てば響くのであれば、嫌われても何とかしようと思いますが、それが無理だとわかったので、やり過ごすことにしました。


だから、返ってくるものはしかるべきものだけです。





そうだな…。
今の職場に残す言葉としたら。



「私は、心から、緩和ケアをやりたいと思っています。」






自分との闘い

2011-10-20 21:59:03 | ぼやき

 やりたいことよりも、やらなければならないことにまみれている私。

 この、「やらなければならないこと」が、「続けてやってみてもいいな」と思えるといいのだけど…。



 それは、私が私でなくならないと無理かもしれないと思う、今日この頃…。

 
 明日も、明後日も、私という人間は生き続けるから、自分との闘いかもしれません。

 

あかん

2011-09-01 22:59:22 | ぼやき

 チーム医療とはいいますが、チームでケアするって難しいですね。

 
 緩和ケア病棟の師長を拝命して1年も経っていないのですが、これまでいろんなことがありました。

 専門看護師としての活動に時間を割くというよりも、病棟師長としての役割に時間を取られる毎日でした。

 
 残念です。
 少しずつ、病棟の風通しの悪い風土が、変化してきたと思っていたのですが。
 できるだけ、スタッフの意見を全体の意見に反映するように話し合いを持つようにして、「緩和ケアって…」ということを少しずつ、伝えてきたつもりでした。


 残念ながら、
 相変わらず、陰口、仕事に対するプロ意識が足りない不満が病棟に蔓延っています。
 
 まだ師長になって、1年も経ってないじゃないか…。


 そう思いたいところですが。


 残念なことに、個人的な攻撃を受けるようになってしまいました。




 今日。
 そんなことがありました。

 個人的な攻撃であっても、そこが、話し合いの余地があるのなら、イライラする内容であっても、話し合いの余地があるのですが、「ポンはずし」が始まりました。
 ほかのスタッフがいてるところで堂々とでした。
 

 相当、ショックでした。
 

 専門職の技量のお話というよりは、人としてのお話でした。


 攻撃をしかけてきたスタッフ以外は、何をしていたのか?というところですが…。
 そんなことがあまり議論できない脆弱さが今の病棟にはあります。

 

 ぼちぼち、やっていこう…。

 そう思っていたのですが、どうやら、限界のようです。
 

 職場を選ぶことも必要かもしれない…。
 

 自分の今後のことを腰を据えて考えないといけない、と真剣に考えさせられた一日でした。

 
 

緩和ケアが見失ってはいけないこと

2011-08-30 03:17:33 | ぼやき

 経験やエビデンスは、ケアにはとっても大切だと思います。
 
 医療者の誰でもが、緩和ケアをできるようになれるかどうかについては、医療・看護にとってその原点を問われているのではないかと思います。

 私は、緩和ケアを一人でも多くの人に伝えていこうと思うけど、その内容は緩和ケア独自とか、緩和ケアなりの高度な技という認識は持っていません。
 確かに、緩和ケアは、医療・看護において専門領域があるくらいなので、それなりの知識と経験が必要なのだと思います。

 
 緩和ケアは、何か特別なことをしようとしているわけではありません。

 緩和ケアは、医療や看護にとってごくごく根本の、大切なことを大切にすることだと思っています。
 おそらく、将来的には緩和ケアはがん患者さん以外にも行われることになるのではないでしょうか。
 なぜなら、緩和ケアはケアの考え方、アプローチの方法のことを述べているのであって、ある疾患にだけ適応させるようなものではないと思うからです。
 
 
 医療や看護において、緩和ケアの考え方、アプローチの方法を広く普及させることにおいて、疾患の特徴や薬剤の使用方法、患者さんのケアの方法などを紐解いた文献は、本屋さんにたくさん置いてあるし、ネットでも情報が得られる状況になってきました。
 これはこれで、とてもいいことだと思います。

 ただ、私が思うのは、この緩和ケアの基本やコツを知識として得て、経験するだけでは不十分ではないかということです。



 今の医療や看護、そして緩和ケアにとっては、知識や経験よりももっと大切な根本を、問いたださなくてはならないのではないかと思えて仕方ありません。


 根本。
 それは、患者さんを思う気持ち。
 「あなたのことを大切に思っています。」という気持ち。


 それがないと、いくら、緩和ケア、緩和ケアといっても骨抜きになるのではないかと思います。


 

 そのケア、本当に、心を込めることができていますか?
 ケアのひとつひとつを、患者さんやご家族のことを思いながら、大切にすることができていますか?


 終末期の患者さんだから、そうするというのはおかしな話です。
 人間はみな、平等に死を迎えます。
 だからこそ、どんな患者さんにも、そしてその方にとって大切な人にも、「あなたのことを大切に思っています」という気持ちを込めてケアは提供されるべきだと思います。


 
 「あなたのことを大切に思っています」ということを、日常のケアの中に込めることが必要なんだということを、人に伝えるのはとっても難しいと実感せざるを得ない日々。
 このことを伝えようとすると、「自分は否定されている」と感じる人がでてくるのは避けられません。
 

 緩和ケアという考え方を、日本でやろう!とされた方は、もっと、もっとすごい苦労をしながら、緩和ケアをこの国に導入してくださったのだと思います。
 (緩和ケアを志している方なら、その方のお名前は容易く想起できることですね…)
 
 

 緩和ケアは、年々、広がっています。
 緩和ケアという言葉、概念、症状マネジメント、心のケア、グリーフケア、在宅療養…などなど、その考え方は着実に広がっています。
 

 でも、その根本を失ってはいけない。
 そのことがどうしても気になる今日この頃です。



 ああ。
 だらだら書いちゃった。
 

かっかっかー!な私

2011-07-30 23:56:28 | ぼやき

 とーっても理不尽に感じる出来事に遭遇。
 職場でね、職場で。

 
 同僚に、
 「あったまきたーーーっ」と、その経緯+感情風味たっぷりの愚痴を聞いてもらっておりました。

 彼女はいつも、マイルド路線。

 まー、まー、そんなくだらんことを真剣に受け取らんと…、流してしまいやーー、彼女 said.


 

 
 それを、処理するの、私なんですけど~~~っ。
 

 
 これが初めてではない。
 繰り返し、繰り返しーー。
 どうして、こんな理不尽なことばかり起こしてくれるのっ。
   ↑  ↑  ↑
 何が起こっているのかをお伝えしないまま、読んで下さっている方を放置してすみません…。
  

 

 そうそう。
 交渉しないといけないお相手が存在するのですが、その時は、冷静に、冷静に。
 必殺???理詰め戦術!

 
 来週早々に取り掛からないとねっ。


 本日は、「かっかっかーな」ポンでありまして、主旨がなんともかんとも、不明なままですが…。
 これにて失礼。

 ああ。ブログでも愚痴ってしまった。
 ごめんなさーい。
 

 
 写真はせめて、涼しげなキュウリちゃんの写真です。
 

うぐぐ・・・

2011-04-22 00:35:51 | ぼやき

 最近、帰宅時刻が21時よりも早くなったことがない・・・。

 その昔は?(いったいどれくらいの昔のことをゆうてるかは、ひ・み・つ☆)
 19時以降まで仕事をすると、すごく忙しい!と感じていましたが。
 今は、19時に帰れたらラッキー☆、なんて思うほど。

 

 管理職になってみてわかったことがたくさんあります。

 わかったこと。 
 それは、業務内容であったり、労務管理の複雑さであったり。 なによりも。
 スタッフ間の調整がこまめに必要なこと。


 いやいや。そんなことは、管理職になるまでもなく、理解できることだから。
 言い方を変えると、「実感した」ということかもしれません。

 今、病棟の通常の?業務をこなすだけのマンパワーがない。
 どこでそれを補おうとするかというと、ポン自身がスタッフ業務をするということで何とか成り立っている状況。

 自分のスペシャリストとしての役割は、全く果たせていない、この現状。
 

 
 不満や、「もう、やってられっかーーーー!」と思う気持ちもありますが、そんな気持ちになりつつも、自分にとって、何らかの成長につながっていると思う時があるから…。
 なんとかやっていけてますが…。

 いろいろ、考えると複雑です。
 
 
 

ぜ~~、ぜ~~

2010-09-18 10:32:22 | ぼやき

 ただいま、病棟は、火の車。
 スタッフに欠員がでるわ、毎日、誰かが調子が悪くなったり、家族の調子が悪くなった、などなどで日勤のスタッフすらそろわない…。

 病棟業務に師長業務のサポートで毎日が終わってしまう…。

 患者さんのケアから遠ざかっているような、さみしい気持ちが、頭の中を占拠してます。

 いやいや、これをやらないと、患者さんのケアすらできないじゃないか…。
 そう言い聞かせ・・・。

 こんな時に限って、看護学校での講義が入っていたり、夜勤が重なっていたりと、首がどんどん、ぎゅぅぅっと絞まっていくような…。


 「モチベーションのもと」なんていうサプリメントがあればいいのに。
 

ノルマの意味

2010-02-13 00:34:21 | ぼやき

 このところ、急激に「ノルマ」が活発に分裂を繰り返す細胞のように、わわーーっと増えています。
 あれれ、いつのまに、私はこんなにやらないといけないことを抱え込んでしまったのかしら?と考えても仕方のないことですが…。
 よくよく考えてみると、ほぼ、自発的に「言いだしっぺ」になってしまった仕事を多く抱えてしまっています。


 やりたいこととやらなければならないこと。
 このどちらも大切で、やらなければならないことをやり続ければ、きっと、やりたいことにつながる、そこにたどり着くと「ぼそぼそ」と自分に言い聞かせながら仕事をしています。
 やらなければならないことは、職場の誰しもが必要だと感じているとは限りません。
 本当はやらないといけないことなのに、私個人がやりたいことだと誤解が生じないように、方法を考えながらも、協力してくださるスタッフへの思い遣りも忘れないようにしないといけないな、と思います。


 このノルマのほとんどが、研究と教育です。

 どれも、ちょちょいとやってみたら、できちゃったーなんて類のものではないので、最近は結構焦っています。
 あれと、これと、えーっと、えーっと、あれもやらなくちゃならなくて、と考えるだけで、心臓がばくばくしそうです。

 
 「私、生きていけるかしらー」と緩和ケア医にぼやいてみたところ、せんせはいいました。



 「生きてゆくのです。」


 


 さすが、やらなければならないことをいくつも抱え、同時進行で日々の業務をこなしている人種だけあるわ…。


 ところで、仕事というのは、自分ひとりが努力すればなんとかなるものではありません。
 自分がいなければ仕事にならない仕事を作り出してばかりいたのでは、自分と組織にとっても成長を期待することができないと思います。

 他者と一緒にやって、他者を信頼し、他者に任せ…。だからこそ、内容も充実し、お互いのやりがいや達成感に花が咲くというものでしょう。
 
 幸い、ほんの少しの人数であっても、仲間がいるので、救われています。


 今、やろうとしていることは、組織にとっての礎を築こうとしていること。
 誰かに任せてしまえばよかったのかもしれないけど、取り掛かりというのはとても大切だと思ったので、あえて、自分が引き受けました。

 それなのに、ぼやくとは、何ぞやっ。
 

 今の労苦は、いつか、きっと、きっと、素敵な、輝く、おいしーい実になると信じて…。
 やるしかないね。
 

緩和ケアは緩和ケア病棟がやればいい?

2009-09-13 19:55:13 | ぼやき

 朝晩がめっきりと涼しくなってきました。
 なんだか、夏がとても短かったような気がします。
 夏があまり得意じゃない私にとっては、ちょっと嬉しいことなのですが、異常気象が続くとなると、心配ですね。

 今日は、緩和ケアの考え方について私の思うところを書こうと思います。


 私が所属する病院には、緩和ケア病棟があるにもかかわらず、病院内での緩和ケアの概念は浸透しているとは言い切れない状態です。
 
 緩和ケアをやるのは、「緩和ケア病棟」といった残念な認識が根強いのは、幸か不幸か、院内に緩和ケア病棟があるから、ということも理由のひとつだと思います。

 当院には、抗がん剤や放射線治療などの治療ができなくなった患者さんが、よく入院されてきます。
 入院されてくるのですから、患者さんは必ず、痛みやしんどさ、食欲不振、体力低下などの苦痛を抱えていらっしゃいます。


 一般病棟の医師は言います。

 「治療しても無駄な患者さんは診ない。緩和ケア病棟が早くとって(病棟を替わること)くれたらいいんや。」
 「僕は、治療がしたいんや。」
 「僕は、内科の医者や。緩和は緩和(ケア病棟)がやればいい。」

 
 緩和ケアについて、困っているというよりは、「投げ出したい」という気持ちがひしひしと伝わってきます。
 

 この狭間で、苦しんでいるのは、患者さんとご家族です。
 
 そんな患者さんのケアについて病棟師長から介入の依頼があり、患者さんや家族のケアを行っています。

 しかし、私1人が介入したからといって、患者さんが心身ともに楽になるわけではありません。
 
 緩和ケアであっても、治療であっても、ケアはチームアプローチが必要といわれて久しいのですが、当院にはそうしたチームでのアプローチというものがまったくなされていないというのが大きな原因だと思っています。

 
 ケアに携わるスタッフが協働できるようなアプローチを行うのが私の役割だとしたら、院内での私の活動の成果は、全くみえてきません。
 
 
 患者さんの痛みは、一般病棟では手に負えないほどのものではありません。緩和ケア病棟と同じようなケアを提供することはできないこともあるかもしれませんが、一般病棟だからできることもあります。
 
 何とかならないものか…、と担当医に薬剤の提案をしたところ、
 「看護師から命令されている」と憤慨され、その医師とのやりとりが断絶してしまう経験をしました。

 患者さんは、日々、体力が低下しています。
 家に帰りたいと希望されていた患者さんは、ベッドの上で朦朧とした意識状態で横たわっています。



 少しでも、草の根的に、緩和ケアを院内で広めていこう、そう思い、教育の場では、看護師に伝えています。

 緩和ケアには、特定の知識も必要かもしれない。
 けれど、よく考えてみてほしい。
 発熱でしんどい患者さんをそのまま、放置しておくことはないよね。
 解熱剤を与薬する。
 掛け物や室温を調節し、汗をかいたら、体を拭いて、着替えをしてもらう。
 水分を摂ってもらう。
 体力の低下が著しいなら、ベッド周りのものをなるべく手の届くところにおいてあげる。
 夜中でもナースコールで呼んでくださいねと声をかける。
 「しんどいですね。」と体をさすったり、手を握ってあげる。

 これは緩和ケアなんだよ、と。
 

 緩和ケアは、あらゆる疾患のケアの基礎となる考え方なんだよ、と。


 
 そんなこんなで、いろんな経験をしているうちに、徐々に、また私のエネルギーが枯渇しはじめています。
 
 これからどうしようかな…。
 と、漠然とですが、考えあぐねる日々が続いています。

 私の経験は、すべて、自分の能力を振返らざるを得ず、心身が鈍く痛みます。

 
 ここは、不特定多数の方が読んでくださっているかも?しれない?ブログの場。
 かっこよく、「これから緩和ケアを院内に浸透させるため、ケアの向上のためにがんばりますっ。」と言いたいところですが…。

 明言はやめときます。

 なんせ、エネルギーが枯渇していますから。
 
 でもね、日々のケアはやりますよ。ぼちぼちね。
 
 ぼちぼち…。