池畑さん(仮称)の体調は、このところ、日増しに悪化していました。ご本人だけでなく、それは、私たちから見ても、明らかでした。
池畑さんは、ご自分の病気について、すべて知っておられます。とても病気が厳しい状況にあっても、前向きです。本当に頭が下がるくらい。
「できることがやりたいこと」
そう、おっしゃる池畑さんは、これまでに、ご自分の体調が許す限り、「やりたいこと」をこなしてこられた方です。
「できることがやりたいこと」という池畑さんの思いには、「やれることはやり遂げたい」、という思いがあるのだと、日々のかかわりの中で感じられます。
その池畑さんは、ある週末の同窓会に出席したいとご希望されました。
出席するためにできることはさせていただくのが常である私たちは、そこに異論を唱えることはまったくなかったのですが、問題は、池畑さんの体調でした。
予定の同窓会の数日前、池畑さんは、もう、トイレにいける状態ではありませんでした。体を動かすと痛みがでて、痛み止めを使う、といった状況で、明らかに病気が進行していると思われました。
同窓会の数日前、私は池畑さんの部屋に行き、問いかけました。
「今度の、同窓会、どう?」
病気によって体力が急激に落ちてきたということは、私たちよりも誰よりも、池畑さんが一番、わかっていることです。
池畑さんはいいました。
「この同窓会は、私のために開いてくれているようなもの。この前の外出だって、必死だった。それで、家族も、私がよくないということはわかってもらえたはず。ここで、諦めてしまうと、私、これからすべてのことを諦めないといけないと思う。がくっときてしまうと思う…。」
涙を流される池畑さん。
私は、思いました。池畑さんは、命がけだと。
私は、そこで、すぐに言ってしまいました。
「私、一緒に、行こか?」
私は、池畑さんの同窓会の日はお休みだったのですが。私が一緒に行くことで少しでも安心してもらえるなら…。
もう、行くしかないでしょ。
そう、思いました。
池畑さんは、
「いいのー?本当に?ポンさんが来てくれるなら、100人力~~。」
(ほんまかいな)
そうおっしゃってくださいました。
涙のお顔がちょっぴり晴れた瞬間でした。
私は、とにかく、池畑さんが当日に、同窓会に向かえない状況であっても、向かえる状況であっても、病院に向かうと決めました。
入院している患者さん全員のご希望を、こうやって、看護師が自分の時間を削ってかなえなければならないの?
そんな疑問を持たれる方もいらっしゃるでしょう。池畑さんだけ、看護師が同伴するなんて、不公平だ、と。
そうですね。
不公平です。
すべての患者さんのご希望を、勤務時間外まで、スタッフが同伴して叶えることは不可能です。でも。
じゃ、不可能です、無理です、のままでいるのか。
私の考えは、妥当かどうかはわかりません。不適切かもしれません。
しかし、不公平だの云々といっている間に、患者さんの病気や体調はどんどん変化します。
だから、できる範囲で、できそうなことをやる、それが私の考え方です。
池畑さんの同窓会に同伴すると決めたのは、21時近くのことでした。私は、すぐさま、担当医と病棟のボスである師長さんにも連絡しました。
師長さんは、「あとのフォローはするから」と快く、私の決断を受け入れてくれました。
池畑さん、行こうね。同窓会に、行こう。
一緒に行くからね。
現地にたどり着けなくても、チャレンジすることに意義があるというなら、そのチャレンジをお手伝いさせてください。
こう、自分の気持ちが固まりました。
