下手の横好き

おやじが語る辻堂ソフトテニス事情
Where there's a will,there's a way!

もう君はいないんだよね

2016-02-05 15:52:16 | ソフトテニス
ある晩、帰宅してすぐに、受信したショートメールに気がついた。

「あかねあたりから連絡入っていましたか?
一応メール送らせていただきました。
悲しいですね。。。」

何があったの? と返信しようとしたときに、「訃報です」という件名のGmailを受信していることに気づいた。

「下記、転送します。
悲しいお知らせです
2/3に日付がかわった頃
佳が・・・・・・・・・」

不意を突かれた僕は、感情の制御にありったけの力を使わなければならなくなった。
年賀状に「今年は会おうね」って書いたのに。
毎年来てた年賀状が、今年は来ないことに抱いたかすかな不安を、すぐに打ち消していたのに。

僕が大腸の悪性腫瘍を手術で除去した翌年の2月、君の同期の子から誘いがあって、品川で食事会をしたことがあった。
あかねと今は亡き正明、順子、敦子、なーちゃん、竹、そして俺。
そのときに、何で佳は来られなかったの? と尋ねたときに君が患ったことを聞いた。

僕が君に出会ったのは、30数年前。
僕はまだ若く、佳はまだまだ10代で輝いていたね。
まん丸な顔に笑みを弾けさせ、わずかにハスキーな笑い声を響かせて、いつも元気にコートを駆けまわってたっけ。
ファッションは、紺と赤との組み合わせが多かった気がするなあ。
日本酒も好きだったよねー。

君たちは、僕のアパートの合鍵を持って、ご飯を作ってくれたり、ベッドを占拠したり、大騒ぎして部屋のガラスを割ったり、まあ賑やかだったよね。

僕も年をとって、記憶が定かじゃないけど、最後に会ったのはあかねの結婚式じゃなかったかな。
だから、僕のなかの君は、10代のときのまま。

最後に電話で話したとき、
「俺も同じ病気だったから、いっしょに頑張るんだよ。」
「今度は、いっしょに会うんだぜ。」
って言った気がする。

いっとき、退院して、通院しながら仕事に出たりしている、と聞いていたから、悪くはなっていないと言い聞かせてた。
去年は、同期の子らで旅行に行ったって聞いていたし、少しずつ快方に向かっているとばかり思っていた。
今年は会えると思ってたよ。

2012年の11月、本当はあの時、僕が先に逝くはずだったのかもしれない。
そうすれば、君はまだ元気でいたんじゃないかって、思ったりする。

いまの僕は、底なしの喪失感に抱きすくめられ、身動きできない。
だから、必死で君のことを考えないようにしてる。
佳、もう君はいないんだよね。

あさっては、会いに行くよ。
もう逝ってしまった君に、会いに行くんだ。
コメント
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