宋斤の俳句「早春」昭和六年十月 第十一巻四号 子規忌三十回忌
名所東光院の萩が咲染めると、俳句の秋のお祭り子規忌が来る。本年は子規逝って三十年の秋である。
年毎に盛大に充實に子規忌を営み来ている早春社は、また盛大に萩の寺に於いて修し得たのであった。
晴れまさる九月十三日 東光院の大広間に會するもの百十余名、さらに早春社物故社友の遺族の方々を加へたる参集は、將に堂裡に溢るゝ盛況であった。
さわやかにせきれい飛べる田水哉
朝みちにこぼれてさやか貝割菜
白雲の厄日昨日の萩の丈
秋の七草 同人吟
古堀の芒の水を覗きけり
なでしこの花のきざみに朝心
十六夜の石山
屋形船で瀬田川の流れに船を出した
句座立って艪をあやつるや月見船
月の洲の鷺を追ひたる舳かな
十六夜比叡山夜のかたちして
天井に小さき蛾の来て月見船
船屋形出でて月に立ちもたれけり
月の森かすかな燈もらしけり
瀬田蜆冷えたるを啜り月見船
月見船遠くしばぶきしたりけり
低唱し過ぐ面かげや月の舟
<句作小話 宋斤>
行水を背中にかける龍の口 失名
といふ句があった、ちと謀りかねるようだが その行水の主は、背中にくりからもんもんの刺青が龍の口といえば成る程とわかるであろう。
黒ひとつ持あぐむ夏の夜更哉 失名
黒は碁石であろう
あちこちと黒き頭や夏の川 失名
これは泳ぐ頭であろうとわかる。
但し、この解らせ方は、俳句の正道ではない、落語の考へ下げのような、なぞかけ言葉のような、この作りうまさは、俳句では禁句である。
俳句はもっと拙くとも、この両句では、水と刺青とを、碁石を、泳ぐといふことを正直に云い切って表現してゐなくてはならぬものである。
即ち文学言葉の作り上手をすてゝ、その詩的感謝と内容そのものへ行きぬけるのである。 宋斤
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます