伊豆半島の旅もこの日が最終日であった。
3泊お世話になったペンションでは、朝食時にはいつもMr.ChildrenのオルゴールサウンドのCDがかかっていて、のんびりとした気分にさせてもらった。
同じところに3泊というのはたぶんあまり経験がなく、しかしほとんど外を出歩いていた私と、いつも忙しそうな男性オーナーとは特別仲良くなるとかまでにはならなかった。
設備的には都市部のビジネスホテルのような至れり尽くせりでは必ずしもなく若干の不便も感じたが、文字どおり静かな環境でゆっくりさせてもらったことに、この場を借りて感謝したい。
さて、この日は1日かけて愛知に戻れればそれでよく、気分しだいで寄り道をしながらダラダラと帰るつもりだった。
さしあたり伊豆半島を北西方向に進んで沼津市内を抜け、富士市近辺で休憩も兼ねて寄り道をした。
写真は富士市某所から撮った富士山。
かすんでいて全然ハッキリとは見えていないが、さすが富士市だけあり形だけは大きく見えた。
道の駅富士でもらったパンフレットがきっかけになり、寄り道する場所がもう一つできた。
静岡市と藤枝市の境にあたる宇津ノ谷(うつのや)地区である。
もともとの旧東海道の雰囲気を残していることで有名な場所だそうで、風情のある街並みに出会うことができた。
宇津ノ谷峠にはもう一つ面白いスポットがあって、明治時代に作られ国の有形文化財にも指定されているトンネルがある。
旅の初日に見た韮山反射炉同様、この時代の建造物にはレンガが多用されているのだが、行政の手が入ってきれいに整備されたトンネル内を歩くことができた。
ちなみに同地区は、明治・大正・昭和・平成の各時代に作られたトンネルがまとまって存在する我が国唯一の場所である。
下の写真は大正のもの。
県道の一部なので、もちろんクルマで通ることができる。
昭和と平成は現在の国道1号線であり、下の写真右側東京方面上り線が昭和、左側名古屋方面下り線が平成に完成したそうである。
思いがけず楽しいスポットも堪能し、後は西へ西へと自宅目指してクルマを走らせた。
平日の真っ昼間ということもあり、静岡県内は高速に乗らなくても国道1号線のバイパスをつないでつないで何とかなってしまった。
場所によっては高速並みに流れるところもあり、急がない旅ではあったが大きなストレスはなかった。
最後の休憩地として浜松市の道の駅潮見坂に入り、旅の最後の写真を撮った。
愛知県に入って夕方が近づいてきたので、音羽蒲郡ICからようやく高速に入り名古屋ICで出た。
国道302号線の渋滞は誤算だったが、それでも夕食どきより前に、無事に当地に戻ることができた。
もちろん、ナビを積んでいないクルマで全てが順調だったわけではない。
下田市内では狭い狭い住宅地に迷い込んだり、伊豆長岡付近では看板を見間違えて違う方向に行ったりと、相も変わらずのドタバタの連続であった。
しかし、そんなドタバタがなくて何が旅だと思うから、我が愛車にナビが積まれる機会は今後も訪れない。
ひたすら看板を頼りにクルマを進める楽しさもさることながら、迷った時には地元の人に道を聞いたりすればいい。
ある意味最も確実なアナログなコミュニケーションを、最新のデジタル機器はややもすると奪いがちだ。
もしもの時のためのドライブレコーダーのほうは早く着けたいと思っているが、ナビに頼ってクルマ旅をすることは私に関しては永遠にないだろう。
今回はまだ梅雨明け前という時期ながら雨に降られることもなく、行程も考えていた以上に多くのスポットを入れ込むことができ、中身が相当に詰まった旅になったと思う。
この夏のハイライトの一つには間違いなくなってくれた。
これに満足せず、また新たな行き先を追い求め、自分らしく気ままで縛られない旅を、季節を問わず何度でもしたいと思っている。
3泊お世話になったペンションでは、朝食時にはいつもMr.ChildrenのオルゴールサウンドのCDがかかっていて、のんびりとした気分にさせてもらった。
同じところに3泊というのはたぶんあまり経験がなく、しかしほとんど外を出歩いていた私と、いつも忙しそうな男性オーナーとは特別仲良くなるとかまでにはならなかった。
設備的には都市部のビジネスホテルのような至れり尽くせりでは必ずしもなく若干の不便も感じたが、文字どおり静かな環境でゆっくりさせてもらったことに、この場を借りて感謝したい。
さて、この日は1日かけて愛知に戻れればそれでよく、気分しだいで寄り道をしながらダラダラと帰るつもりだった。
さしあたり伊豆半島を北西方向に進んで沼津市内を抜け、富士市近辺で休憩も兼ねて寄り道をした。
写真は富士市某所から撮った富士山。
かすんでいて全然ハッキリとは見えていないが、さすが富士市だけあり形だけは大きく見えた。
道の駅富士でもらったパンフレットがきっかけになり、寄り道する場所がもう一つできた。
静岡市と藤枝市の境にあたる宇津ノ谷(うつのや)地区である。
もともとの旧東海道の雰囲気を残していることで有名な場所だそうで、風情のある街並みに出会うことができた。
宇津ノ谷峠にはもう一つ面白いスポットがあって、明治時代に作られ国の有形文化財にも指定されているトンネルがある。
旅の初日に見た韮山反射炉同様、この時代の建造物にはレンガが多用されているのだが、行政の手が入ってきれいに整備されたトンネル内を歩くことができた。
ちなみに同地区は、明治・大正・昭和・平成の各時代に作られたトンネルがまとまって存在する我が国唯一の場所である。
下の写真は大正のもの。
県道の一部なので、もちろんクルマで通ることができる。
昭和と平成は現在の国道1号線であり、下の写真右側東京方面上り線が昭和、左側名古屋方面下り線が平成に完成したそうである。
思いがけず楽しいスポットも堪能し、後は西へ西へと自宅目指してクルマを走らせた。
平日の真っ昼間ということもあり、静岡県内は高速に乗らなくても国道1号線のバイパスをつないでつないで何とかなってしまった。
場所によっては高速並みに流れるところもあり、急がない旅ではあったが大きなストレスはなかった。
最後の休憩地として浜松市の道の駅潮見坂に入り、旅の最後の写真を撮った。
愛知県に入って夕方が近づいてきたので、音羽蒲郡ICからようやく高速に入り名古屋ICで出た。
国道302号線の渋滞は誤算だったが、それでも夕食どきより前に、無事に当地に戻ることができた。
もちろん、ナビを積んでいないクルマで全てが順調だったわけではない。
下田市内では狭い狭い住宅地に迷い込んだり、伊豆長岡付近では看板を見間違えて違う方向に行ったりと、相も変わらずのドタバタの連続であった。
しかし、そんなドタバタがなくて何が旅だと思うから、我が愛車にナビが積まれる機会は今後も訪れない。
ひたすら看板を頼りにクルマを進める楽しさもさることながら、迷った時には地元の人に道を聞いたりすればいい。
ある意味最も確実なアナログなコミュニケーションを、最新のデジタル機器はややもすると奪いがちだ。
もしもの時のためのドライブレコーダーのほうは早く着けたいと思っているが、ナビに頼ってクルマ旅をすることは私に関しては永遠にないだろう。
今回はまだ梅雨明け前という時期ながら雨に降られることもなく、行程も考えていた以上に多くのスポットを入れ込むことができ、中身が相当に詰まった旅になったと思う。
この夏のハイライトの一つには間違いなくなってくれた。
これに満足せず、また新たな行き先を追い求め、自分らしく気ままで縛られない旅を、季節を問わず何度でもしたいと思っている。