毎月最終日はその月を振り返ります。
他の月と同じように、楽しいこともあればつらいこともありました。
1月と比較すると体調がすぐれない日が多くあって、順調な月とならなかったことは悔やまれます。
今週のことを言えば、この木曜はイライラがつのって罪のない他人を攻撃するまでになってしまい、金曜の朝はその後悔もあって心身が重く結局会社に出ていくことができませんでした。
ほぼ毎日が身内からの責め苦に遭うポジションにあって、本当に、本当に疲れてしまった時には思い切って休むのも一つの手ではありますが、当初かけてもらった期待にいつまで経ってもこたえられない焦りはあり、必要以上に他人の言葉に神経質になっている現状もあわせ、かつてない危険な状況に自らを追い込んだことは間違いがないようです。
中央競馬の後藤浩輝騎手自殺という報道は、長年競馬に親しんできた私にはショックでした。
富山という田舎にいて、なかなかナマで彼の活躍を見ることはできなかったわけですが、一昨年には金沢で行われたJBC競走に参加して、エスポワールシチーをJBCスプリントの優勝に導きました。
もともと同馬の主戦であった佐藤哲三騎手(引退)を思いやって、優勝インタビューではファンと一緒に佐藤騎手への呼びかけをしていました。
私にとっては、後藤騎手のナマの姿はそれで最後となってしまいました。
こういうニュースのたび、どんなことがあっても自殺だけはいけないという論調やコメントをよく見ます。
確かに後藤騎手には奥さんもいて、まだ幼い子供さんもありました。
だからと言って、自殺そのものを批判できるかというと理由は本人にしか分からない、むしろ自殺までしようという人間に周囲を考える余裕などありはしないのではと思います。
ただの競馬ファンにすぎない私が言えることは、残念の一言しかないのです。
私は後藤騎手よりも年上ですが、少なくとも親より早く死にたくはなく、実現したいこともたくさん残っていますから、自殺するなどもってのほかです。
少なくとも、私の顔を見て喜んでくれる人がいる限りは生き続けなくてはなりません。
しかし、今の仕事面での状況は、ややもすると突発的な事態を招く危険をはらんでいます。
今のポジションの重圧から自らもしくは周囲を傷つけることは絶対にあってはならず、それならば、異動してまだ半年足らずという段階、お互いに傷が深くならないうちに「別れ」を決断することも必要になるのかもしれません。
野良犬のような生活をしていたところを拾ってもらった今の会社には恩義を感じていますが、より役に立ち、自らもハツラツとしていられるのはやはり現場なのだろうと思います。
請われて事務方に行けたことには感謝しなくてはなりませんが、落ち込むばかりの毎日で人生を浪費したくはありません。
無理なものは無理、そう正直に打ち明けられずに追い詰められて自殺などしたくはないですから。
他の月と同じように、楽しいこともあればつらいこともありました。
1月と比較すると体調がすぐれない日が多くあって、順調な月とならなかったことは悔やまれます。
今週のことを言えば、この木曜はイライラがつのって罪のない他人を攻撃するまでになってしまい、金曜の朝はその後悔もあって心身が重く結局会社に出ていくことができませんでした。
ほぼ毎日が身内からの責め苦に遭うポジションにあって、本当に、本当に疲れてしまった時には思い切って休むのも一つの手ではありますが、当初かけてもらった期待にいつまで経ってもこたえられない焦りはあり、必要以上に他人の言葉に神経質になっている現状もあわせ、かつてない危険な状況に自らを追い込んだことは間違いがないようです。
中央競馬の後藤浩輝騎手自殺という報道は、長年競馬に親しんできた私にはショックでした。
富山という田舎にいて、なかなかナマで彼の活躍を見ることはできなかったわけですが、一昨年には金沢で行われたJBC競走に参加して、エスポワールシチーをJBCスプリントの優勝に導きました。
もともと同馬の主戦であった佐藤哲三騎手(引退)を思いやって、優勝インタビューではファンと一緒に佐藤騎手への呼びかけをしていました。
私にとっては、後藤騎手のナマの姿はそれで最後となってしまいました。
こういうニュースのたび、どんなことがあっても自殺だけはいけないという論調やコメントをよく見ます。
確かに後藤騎手には奥さんもいて、まだ幼い子供さんもありました。
だからと言って、自殺そのものを批判できるかというと理由は本人にしか分からない、むしろ自殺までしようという人間に周囲を考える余裕などありはしないのではと思います。
ただの競馬ファンにすぎない私が言えることは、残念の一言しかないのです。
私は後藤騎手よりも年上ですが、少なくとも親より早く死にたくはなく、実現したいこともたくさん残っていますから、自殺するなどもってのほかです。
少なくとも、私の顔を見て喜んでくれる人がいる限りは生き続けなくてはなりません。
しかし、今の仕事面での状況は、ややもすると突発的な事態を招く危険をはらんでいます。
今のポジションの重圧から自らもしくは周囲を傷つけることは絶対にあってはならず、それならば、異動してまだ半年足らずという段階、お互いに傷が深くならないうちに「別れ」を決断することも必要になるのかもしれません。
野良犬のような生活をしていたところを拾ってもらった今の会社には恩義を感じていますが、より役に立ち、自らもハツラツとしていられるのはやはり現場なのだろうと思います。
請われて事務方に行けたことには感謝しなくてはなりませんが、落ち込むばかりの毎日で人生を浪費したくはありません。
無理なものは無理、そう正直に打ち明けられずに追い詰められて自殺などしたくはないですから。