前回からずいぶん空いてしまい申し訳ありません。
また午前様になっていたとかではまったくありませんで、特に変わったことはないです。
仕事は落ち着いていましたが週末に弔事があり、受付を頼まれていて知らず知らずのうちに気が張っていたのか、日曜の夕食を食べてからは泥のように寝てしまいました。
大したことはしていないわりに、ゆっくり休んだ気にあまりなれない週末でした。
ソチ冬季五輪も終わって、わが国は最終的にはメダル8個という成績でした。
この後はパラリンピックも残っていますが、注目度を考えるとオリンピックの前に持ってこれないかとは思いますね。
五輪とともに2月はあっという間に過ぎようとしている感じがします。
1月はかなり長く感じたのですが、2月はもう明日が25日、今週の勤務が終わればもう3月です。
関東の大雪は気の毒でしたが、こちら富山の平地では積雪らしい積雪にはならず生活の不便はほとんどありませんでした。
典型的な山雪型のシーズンになり、平地での普段の生活はラクに、雪が降ってほしいスキー場などには営業には困らない降雪がありで、人間にとっては願ったり叶ったりでしたね。
週末の弔事での話ですが、いろいろなものが見えてある意味興味深かったです。
誰しも冠婚葬祭のようなフォーマルな場はそうそう頻繁にはありません。
それでも皆それぞれ急ごしらえでも何とか装いを整えてくるもの、しかし中には少し首をひねらざるを得ない場面もありました。
受付をしていましたので香典袋をお預かりして返しを渡すのですが、香典袋に「御佛前」と書かれていたものが一つだけありました。
今週末はいわゆる通夜と葬儀でしたから故人が亡くなってすぐの時期です。
香典袋の表書きは「御香典」、もしくは四十九日の前なので「御霊前」が本来です。
ミタマがホトケサマになられるのは四十九日の後ですので、さすがに御佛前はいかんだろうということです。
今はコンビニでも袋は売っていて丁寧にガイドまで付いていますし、私も慎重にそれを読んで確認をしました。
そうそうない機会ではあっても、最低限の確認はして、いざその時になって恥をかかないようにしたいものですね。
その「御佛前」の袋のヌシですが、色こそ黒とはいえソールが白い靴を履いていました。
葬式にスニーカーで来る神経には恐れ入るばかり、分かっていない人はことごとく形式を外してくるものだなと暗澹たる気持ちになりました。
ちなみにその人物はわが職場の上司、御年50になろうかという御仁です。
一緒に受付をしていた先輩が「見損なった」と言っていましたが、年相応の振る舞いができない人はそう思われて当然ですね。
こんな年の取り方だけはしたくないと思わされた場面でした。
また午前様になっていたとかではまったくありませんで、特に変わったことはないです。
仕事は落ち着いていましたが週末に弔事があり、受付を頼まれていて知らず知らずのうちに気が張っていたのか、日曜の夕食を食べてからは泥のように寝てしまいました。
大したことはしていないわりに、ゆっくり休んだ気にあまりなれない週末でした。
ソチ冬季五輪も終わって、わが国は最終的にはメダル8個という成績でした。
この後はパラリンピックも残っていますが、注目度を考えるとオリンピックの前に持ってこれないかとは思いますね。
五輪とともに2月はあっという間に過ぎようとしている感じがします。
1月はかなり長く感じたのですが、2月はもう明日が25日、今週の勤務が終わればもう3月です。
関東の大雪は気の毒でしたが、こちら富山の平地では積雪らしい積雪にはならず生活の不便はほとんどありませんでした。
典型的な山雪型のシーズンになり、平地での普段の生活はラクに、雪が降ってほしいスキー場などには営業には困らない降雪がありで、人間にとっては願ったり叶ったりでしたね。
週末の弔事での話ですが、いろいろなものが見えてある意味興味深かったです。
誰しも冠婚葬祭のようなフォーマルな場はそうそう頻繁にはありません。
それでも皆それぞれ急ごしらえでも何とか装いを整えてくるもの、しかし中には少し首をひねらざるを得ない場面もありました。
受付をしていましたので香典袋をお預かりして返しを渡すのですが、香典袋に「御佛前」と書かれていたものが一つだけありました。
今週末はいわゆる通夜と葬儀でしたから故人が亡くなってすぐの時期です。
香典袋の表書きは「御香典」、もしくは四十九日の前なので「御霊前」が本来です。
ミタマがホトケサマになられるのは四十九日の後ですので、さすがに御佛前はいかんだろうということです。
今はコンビニでも袋は売っていて丁寧にガイドまで付いていますし、私も慎重にそれを読んで確認をしました。
そうそうない機会ではあっても、最低限の確認はして、いざその時になって恥をかかないようにしたいものですね。
その「御佛前」の袋のヌシですが、色こそ黒とはいえソールが白い靴を履いていました。
葬式にスニーカーで来る神経には恐れ入るばかり、分かっていない人はことごとく形式を外してくるものだなと暗澹たる気持ちになりました。
ちなみにその人物はわが職場の上司、御年50になろうかという御仁です。
一緒に受付をしていた先輩が「見損なった」と言っていましたが、年相応の振る舞いができない人はそう思われて当然ですね。
こんな年の取り方だけはしたくないと思わされた場面でした。