毎月最終日はその月を振り返る。
できれば振り返りたくない月だが、振り返らないのは本欄の趣旨に反するので無理やりでも振り返る。
組織の一員として仕事に従事できたのは11月11日までだった。
夏前からわずかなエリアではあるが一任をされて日々奮闘していたところを何の話し合いもなく根こそぎ奪われ、ある日突然私は現場の中で宙ぶらりんになってしまった。
私のエリアに入り込んできたリーダー氏は私のエリアの仕事は完全には把握しておらず作業の手がたびたび止まるのが見ていて分かったが、振り向けば前日までその仕事をしていた私がいるから聞けばよいものをかたくなに聞こうとしなかった。
それに輪をかけるように「〇〇さん(私の前にエリアを担当していた人)の忌引の時にやったことがあるからオレはできる」と必死にアピールしていたことも考えると、私の力など少しでも借りたくないという意思表示ととらえざるを得なかった。
我が社(旧社)は11月30日をもって一部事業を新たに参入した会社に売り渡し、会社規模を縮小して明日12月1日以降も存続する。
旧社の方はどうなるか分からないが、本来であれば私を含めた倉庫メンバーは事業の継続性を重んじ全員新会社に移籍できるはずであった。
継続性というからには社員の関係性も基本的には継続されることは予想され、旧社では指揮系統を任されていたリーダー氏はじめ数名が会社が変わるからと言っていきなり横一線にさせられることは想像しづらい。
事実リーダー氏本人が「上司とは言っても、仕事(事情)を知らない人たちだから引っ張っていかねばならない」とたいそう意気込んでいたのは新会社においても自身が中心でいたいとする思いの発露とも取れたが、当人の一連の言動から当人が展望する未来の中に私がいてはいけなかったと取れる要素が大きいと感じたので、その時点で私は新会社への移籍はまずあきらめた。
旧社に残って存続する部門に協力しようという思いもあったが、安全面その他従業員を必ずしも大切には見ていない体質に加え本欄にはどうにも書きづらい不透明な要因もあって、その線もあきらめることにした。
精神的なダメージもあってまだ体は万全ではない。
毎朝誰よりも早く出社して皆が始業時刻即動けるように準備をしてきたこと、定時終業を意識して時には休み時間も削りながらやってきたことなど数え上げればキリがないが、自分の中ではやるだけのことはやってきたから悔いはない。
私が考える普通と周囲が考える普通とが違っていたとするならそれは仕方がないことである。
通ってきた道、経験してきたことの違いにより、互いにかかわりあわない方がよい、共存しない方がよいと分かった場合は離れざるを得ない場合も世の中にはある。
生きていてムダなことは何一つない。
今しばらくは時間をいただき、まずは体の回復に努め、いずれの日にかまた元気に社会に関わっていけることを念願するものである。
※気分や体調しだいとはなりますが、本欄は随時更新していきますので引き続きよろしくお願いいたします。