私を知る

自覚を中心に悟りのヒントを書いています。自覚とは「私」に意識を向け、一切は「私」の考えであることを自覚していくことです。

大切なことは身近なところにすべてある

2015年06月10日 16時12分43秒 | 悟り
◇大切なことは身近なところにすべてある◇

悟りを得るために、聖者に会う必要もないし、どこか特別なところに行く必要もありません。

大切なことは、あなたの身近にすべてあります。
もっと言えば、日常を生きる中であなたの内面に生じる心の動きにそれはあります。

中でも、日常を生きる中で生じる満足感や納得感は特に大切です。
例えば、結果はどうであれ、「やるだけはやった」、あるいは、「自分は精一杯やっている」という後悔の無い納得感です。

多くの方の場合、その方のやりたいことや大切なことは、日常の中にあるのだろうと私は思っています。
大切なことが日常の中にあるのに、それをなおざりにして、野山の中や、どこかの修行集団の中に逃げ出しても、悟りが成就できるはずはないのです。
ここに、そのような方々の悟りが成就しない原因の一つがあるのだろうと私は思っています。
大切なこと、自分の本心から逃げているのに、そもそものところで成就するはずがないのです。

あなたの一番大切なことはなんですか?
あなたは悟りに逃げていませんか?
悟りは逃げ場ではありませんよ。


後悔を抱えて生きておられる方に申し上げたいことがあります。
自分にとってとても大切なことをやり過ごしてしまったと、後悔している方がおられるかもしれません。
何かやりたいことがあったなに、それにチャレンジしなかった自分を後悔したり、
頑張りきれなかったことを後悔したり、
何かの選択を誤ったことを後悔したり、
大切な人を失ったことに対する様々な後悔があったり、
後悔の内容は様々だと思います。

後悔による苦しい気持ちは分かりますが、後悔しても仕方が無いということを早く分かって頂きたいと思います。
いくら後悔しても、過去は過ぎたことであり、もうどうにもなりません。
大切なのは、「いま」です。
いまの自分であり、いま自分にとって何が大切かです。
早くそこに気づいて頂きたいと思います。

これ以上、後悔しても仕方ありません。
もう後悔は十分されました。
これ以上後悔しないためにも、「いまの自分」、「いま自分の一番大切なこと」に精一杯取り組んでください。


自分にとって何が一番大切なのか。
このブログで紹介してます自覚は、それを知る手段としてもとても有効です。
ぜひ、自覚をやってみて頂きたいと思います。
ご自分の本心と向き合って頂きたいと思います。

そして、自覚を友として、あなたの日常を生きて頂きたいと思います。


◇「私」に意識を向ける自覚についてのご紹介は、例えばこの文章をお読みください(「自覚を始められる方へ」)。
◇セッションのご案内はこちらです。

※次回の講話セッション、個人セッションは6月28日(日)です(上のリンクを参照ください)

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さまざまな道のり(1)

2015年06月10日 08時26分51秒 | その他
◇さまざまな道のり(1)◇

神戸連続児童殺傷事件の加害男性の手記が出版されることになったそうです(ヤフーニュースへのリンク)。

心を動かされる部分がありましたので、メモしておこうと思いました。


<以下、ニュース記事のコピーです>

1997年に神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件の加害男性(32)が、「元少年A」の名で手記「絶歌」(太田出版)を出す。犯行に至った経緯や事件後の生活、現在の心境などをつづっている。早ければ10日から書店に並ぶ。

 太田出版の岡聡社長は「少年犯罪が社会を驚愕(きょうがく)させている中で、彼の心に何があったのか社会は知るべきだと思った」と出版の意図を説明。「本は本人の手紙を添えて遺族に届けたい」と話している。

 当時14歳だった元少年は、97年2~5月に同じ区内に住む児童5人を襲い、小4の女児と小6の男児を殺害、3人に重軽傷を負わせた。事件は社会に大きな衝撃を与え、刑事罰の対象年齢を16歳から14歳に引き下げる少年法改正のきっかけにもなった。

 手記は全294ページ。「精神鑑定でも、医療少年院で受けたカウンセリングでも、ついに誰にも打ち明けることができず、二十年以上ものあいだ心の金庫に仕舞い込んできた」として事件前からの性衝動を明かし、犯行に至るまでの自身の精神状況を振り返っている。

 また後半では2004年に医療少年院を仮退院後、家族と離れて身元を隠し、溶接工や日雇いアルバイトで暮らしていたことを書き記している。現実社会の厳しさに直面しつつ、周囲の人々の支えによって罪と向き合う姿がつづられる。一方で「自分の物語を自分の言葉で書いてみたい衝動に駆られた」などとして、書くことが生きる支えになっていたことも明かしている。巻末では「被害者のご家族の皆様へ」と題し、「どれほど大切なかけがえのない存在を、皆様から奪ってしまったのかを、思い知るようになりました」とつづった。

<コピー、ここまで>


「どれほど大切なかけがえのない存在を、皆様から奪ってしまったのかを、思い知るようになりました」

何か言いたいのですが、言葉にならないです。


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