英語で人生修行していこう!

50代で塾講師
独学で英語の上級をめざしています

(日本国内の)英語上級者のジレンマ

2014-02-22 11:03:06 | 英語力UP
以前から娘がお勧めだよ、と云っていたイタリア人と国際結婚→イタリア在住の奥さまのブログを読んでいました。

心の中で、
『東京暮らしが楽しいって、今度はイタリアに行く気か?』
と母親としては多少の不安を感じつつ読んでおりました。

この方は人気ブログランキングに参加されており(国際結婚)、
他にどんな日本人がブログ書いてるのや?と見てみると・・・・。
めっちゃおかしい大笑いのイギリス人気質を題材にしているブログがあるじゃないですか!
「イギリス毒舌日記」

本人にお知らせして読者になっているので
リンクさせていただいてもオッケーだと思いますが、
彼女は大阪出身のバリバリ浪速女です。
三宮にある大手英会話学校のマネージャーや美容整形クリニック他で
人生の武者修行をなさった後で、縁あって現在英国の地方都市在住だとか。

面白さ秀逸なのはカテ中の「英語」。
この中でも「ミスターD」、「英語オタク」は非常に面白いし、
おっさんあるある♪で大笑い。

結論から言うと、英検1級やTOEIC満点などのタイトル(日本国内しか通用しない)を持っている人には
自己満足型、あるいはナルシスト型が多いというのですね。
だからネイティブ講師が発音や単語の不自然さを指摘すると
ガラスのプライドがひどく傷つく・・・・・。
で、マネージャーの彼女にクレーマーとなって文句をつけるということだったのです。

私も2つ目の通信制大学で特におっちゃん(おじぃーちゃん含む)にこのタイプが多いのを
実感しました。

日本国内では有名な名前の大学なので、
スクーリングと称する授業が卒業単位として必須でした。
だからどうしても日程調整してキャンパス内
で授業をうけねばなりませんでした。
なんでやねん!!でした。
だって日本有数の工学部もあって
ネットで授業を配信したらええだけなのに、です。

いまどきインターネットで十分やないか、と思いません?
なんでやねん、とダウンタウンじゃないけど
文句タラタラでした。

インターネットスクーリングはあるにはありました。
いまは知りませんが、抽選があって
私なぞ抽選漏れして受講不可でしたもん。
え?マジで?とがっかりしたことを思い出します。

それで仕方なくスクーリング、面接授業を必修単位として
絶対に取得せねばならない建前上、
他の受講生と大講堂でいっしょに授業を受けたりしました。

その折、2コマに1コマほどの確率で
講義の最中に必ず中高年男性が講師に質問をし、
そのあと授業を延々と乗っ取るヤツがいるのです(呆)。

自分がどれほど優れているのかを知らしめたいのでしょうね。
こういう有名な大学の先生にこうやって話をしてるんだぞ、と自己陶酔気味でした(憎)。

私など家族や仕事をやりくりして
どうにかこうにか必死に参加しているのに、
自分の自己満足感を満たそうとするこういう輩に
歯ぎしりするほどイラつきましたねぇ。
ひっこめぇ~!と毒づいてましたもん。

それでも本人は錯覚しまくりで
持論を展開していると
私など、『おい、いいかげんにせいや、卵ぶつけたろか!
アンタ(陳謝)のつまんない話を聞くためにこんな苦労してここにおらんのやぞ!!』

これが当時の偽らざる気持ち。

で、この毒舌日記の彼女もいうのだけど、
訂正されて素直に謙虚に直そうと思わない学習者は
いつまでも不自然な英語力のままでいるしかないということ。
検定試験合格後の学習者にとっては恐ろしい言葉でしょ?
でも本当だと思うな。

フェローで2コース、DHCで基礎メディカルコース英日をやってきて思うのは、
添削者の方からのこの言葉、
「誰が読んでも全員が誤解のないような文章にしてください」
座右の銘ですね。
課題をやるときにいつも己を戒めるためにつぶやくことにしています。

この座右の銘と真逆なままでいるとはどういうことか。
それはつまり英日、日英、どちらも自分だけがわかればいいというレベルでは
いつまでも低いレベルのままで居つづけなくちゃいけないということです。

もっともっと先にいけばおもろいことがあるはず、と
向上心を静かに燃やしていかねばなりませんね。
じっくり確実に、ですか。

話は海外で住む日本人に戻りましょう。
やはり海外生活には大きなストレスがありそうや・・・・。
毎週金曜日夜9時からテレ朝系で見る「こんなところに日本人」でも
よくぞこの奥地に日本女性が!というケースがありますね。
ただひたすら「がんばってください」と思うのみです。

英語の読解力を上げるには

2014-02-20 11:44:14 | 英語力UP

タイトルにこれを選んだのには訳があります。

英語の読解力UPのためには何がベストか。
自分なりに考えるのは、
「読む英文の段落ごとに要約ができるものかどうか」
じゃないかと思うんですね。

というのも、読めているVS読めている気になっている、のギャップを
自分が実感できないまま英検のような資格試験に臨む。
もしかして?と,一抹のすけべ根性(汗)もありながら
参加することに意義がある、と心裏腹で受験。
そして当然玉砕することになると思うからです。

私もかつてそうでした~(遠くを見る目)。
自分がどのあたりにいるのか、
客観視できないというのが痛いところです。

というのも、深刻だったころ(つまり読めてる気症候群ですか??)、
内容一致問題の長文を完璧に読めていると自負していました。
おろかですよねぇ・・・・。
で、答え合わせで愕然!
全く内容がわかっていないことだけ判明するという大失態。

そして以下のような惨めな自己憐憫の悪循環。
どうせこんな難しい内容の英文は要らないんだ→私は悪くない→試験が悪い。

うぅぅ~ん。
自分の実力不足なだけなんですね。
だからなぜ自分の「読んだ気になっている」ところが原因なのか、
謙虚に突き詰めないといけないと思う。

それの状態を打破するには、一字一句読み、特に代名詞をおろそかにしないぞ、と
しっかり覚悟することが私には必要でした。
今でもit,they,のような代名詞、それとtheのついた定冠詞の名詞には
最新の注意を払って読みます。
私の座右の銘は「代名詞と定冠詞を敬え」???

discourse marker(接続詞)を見つつ読みましょうと
有名予備校講師の人の著書も読みましたけど、
私の中では代名詞や定冠詞に注意を払う方が長文の森で迷わずに済むことが多いです。
これも個人差があるのかもしれませんね。

ところで昨晩の自称英文輪読会(面目上英会話クラス)では
もう一人のメンバーの持ち込みマテリアルを2週にかけて読みます。

この方はイギリスのガーディアンの週刊版を空輸していますから
そこからの記事になってます。
昨晩から読みだしたのは、
'A life ruled by anxiety' by Scott Stossel
先月1月に出版した彼の本のPRもかねているようです;
My Age of Anxiety, published by Heinemann on 16 January (£20)

もう驚いたのは、全くお目にかかったことのない単語がいくつも出てきた記事でした。
これは今受講中のメディカルコースの臓器名の英単語とは種類の違う難解さですねぇ。

よくよく読むと、このスコットさん、曾祖父がハーバード大学の創設者の1人という
恐ろしいほどの頭脳をもったジャーナリストだそうです。

解説してくれるオージー講師も、
「僕もこんな単語、初めてや!」
というくらいの古語などを使ってあったりする・・・。
一度読んでみて下さい。
きっと彼の頭の中に格納してある語彙の豊富さがわかると思います。

一方でサブタイトルの、
'he comes clear'
というのはてっきり「彼はもう不安神経症から治癒した」と思ったのです。
がっ、これが全く思いこみ。
これは、「彼はそれを認めた」と訳すのです。
目からウロコ再び、ですわ。
ご存知でした?
だからやっぱり長文をきちんと読むことは新たな発見になるんだなぁ。
これは日本語にもなった「カミングアウトする」と同じ意味合いだとも知りました。

ある段落がさっぱり理路整然とせず、
誠に申し訳なかったのだけど
延々とその部分の説明をオージー講師に尋ねることとなりました(涙)。
やっぱり理解したいという気持ちが先に出ますね。
持ってきて下さった方は呆気にとられると思うのですが、
やはりしっかり分りたいという、それじゃないと読んだぞと思えないのですよねぇ。
sさん、ごめんなさい。我慢してくださいね!

さて最近2冊ほど興味深い本を読みました。
1つ目が「失われた名前」マリナ・チャップマン。
もう1つが「熔ける」井川意高。

チャップマンは実名が不明の元・コロンビア人。
自宅の庭から5歳の時に人さらいに森に捨てられて
猿の一団に仲間として迎えられて7-8年間過ごした経歴を持ちます。
密猟者の男女に発見され、コロンビアのある地方都市の売春宿に売り飛ばされます。
間一髪で逃げ出し、その後浮浪児になるも、篤志家の女性に助け出されて
現在はイギリス北部の町で「普通の主婦」をしているということです。
猿の母親と子供の関係を目の当たりにして
同じ人間が自分を傷つけようとしたときに
しっかり身を守る気持ちをもっていたことが感動的でした。
人間より本能で家族を守る猿のほうが上だということ??
ちょっと哀しくなりました。

大王製紙の元・社長だった男性は
現在禁固刑で栃木県の刑務所で服役中です。
彼の父親は彼が勉強しなかったり、行動を正すために
ゴルフクラブで叩いたりする虐待に近いことをする暴君だったそうです。
反抗できない雰囲気が家庭にあると
こういう遅く来た人生のつまづきになって
「道草」をすることになるのかもしれないと思いました。

この人生の道草で、彼はそれまでの社会的地位から解き放たれ、
ゼロから裸一貫で起業家として出発すると宣言しています。

必死に家業を守った2代目の実父さんはどんな気持ちで彼を見ているのでしょうか。
私の実家も実兄がやや暴君気味だった亡父に従っていたなぁ、と
兄の胸中を思い、そのしんどさを考え直させられました。

自分の人生を自ら決定できない悲しさ。
これは辛すぎませんか??
それでいいと思っている人もいるかもしれないけど、
私はもう自分じゃなくなる怖さがありますね。
こういう本を読もうとする原動力には、
人間が正しく善く生きていくには何が必要だろう?という
教育哲学っぽい命題を探しているからかもしれません。

1つヒントがあるとするならば、
親からの無条件の承認(生存しているだけでよいこと)が
その子どもたちに大きな生きる力を与えそうだなということです。
親は子供が相談してきたら、
その時に話し合える存在でいいのかもしれないと思うな。

さてさて今月内に青色申告もしなくちゃいけないし、
今日の午後はまたDHCの翻訳修行に戻ります。

DHCメディカル英日コース第一回課題提出!

2014-02-09 13:11:22 | 翻訳
10日事務所に到着ということで
なんとかやりくりして昨日投かんしました(はぁ~~~)。

今までのもてる英語の知識を役立てようにも
暗喩的に言えば、
「わずかに指を引っかけられそうな岩のでっぱりもない」状態でした(涙)。

なんていうのか、一般的じゃない臓器の英単語をゼロから頭に叩き込まないとダメ。
どうにも発音できない「完全無視」されそうな冷たい人物に
ひたすら頭を下げ続けるような営業マンの気分なんです(わかります??)。


小学五年生の分数の割り算あたりから怪しげな私の数学力(威張ってもしかたない)。
統計学の用語(相対危険度、信頼区間など)とかいう
日本語でも生まれて初めてお目にかかる言葉も多いんですよね。

これでガクッときたらおわりやね、うん。
ウルトラ前向きな性格の私にとって
「わかったらええんや。そのうち慣れるやろ」
と思うことにしています。

このコースは初心者コースだそうな。
それでこれなんですから、まぁ~道のりは長いぞ。
でも(ここでも超前向き)道のりが長い方がやりがいがあるな!
簡単にスイスイ取得できたら勿体ないじゃないの?

40代から再度大学教育のやり直しをしたせいで
要領の悪い地頭がどれほどのものか、自分がよくわかっているのです。
なので何度も何度もやり直しをしつつ
できた時の達成感を楽しみにしてやり続けたらいいんや、と思ってます。
必ず到着するはず、うん、その日が楽しみ♪

先週の水曜日に名古屋会場で東京6大学の一つを受けた男子生徒君がいます。
その彼がもちかえった英語問題の解答を教えてくれと言いました。
もう一人の担当講師の先生と他の複数の生徒君たちを教えながら
空き時間で解答づくりをしてみると・・・・。
案外難しい英文で書いてあったのだけど面白い内容でした。

それはアメリカ西海岸の大学で「幸福の度合い」について研究している
女性教授の研究内容についてでした。
脳科学か認知心理学か、領域が被る感じがしますが、
まず'hedonic adaptation'の定義が書いてあるのです。
どこまでいっても欲求が満足できない快楽主義者が陥りやすい罠のことかな?

二人の学生(1人は私のような楽観主義者、もう一人は悲観主義者)に
10種類のデザートを提示して順位をつけてもらう。
それからその中で1種類だけご褒美に食べてもらうという実験です。

意地が悪いのは、この実験の後で第1位じゃなくて2位が賞品として与えられ、
感じたことを発表してもらったのです。

楽観主義者の学生は、
「他の9つもきっと美味しいでしょう」
と答え、
悲観主義者は、
「他のは全部これより不味いはず」
と答えたというのです。

はははは~!
なるほどねぇ。

悲観論者つまり不幸を感じやすいタイプは
嫉妬も生みやすく、自分がある程度不幸だと安心するとも書いてありました。
いや~、生きづらいよね!
他人と自分をいつも比べないと気が治まらないという部分も持ち合わせ、
それは自分で自分を痛めつけるなぁとしみじみ・・・・。

まぁ、学校時代はそういうのがモチベになるのかもしれないけど、
40代以降は早々とやめにしたほうがいいと思う。
ストレスがたまりやすくなるね。

と、何だかオモロイよ、これ、なんて話をウキウキとしていると
目の前の生徒君はいわく、
「あんな、そんな味わって楽しげに解いてる時間なんかあらへんのよ、こっちは!」
とややオカンムリでした。
でもそのあとで、「そんな話やったんか!へぇ~~」とやや納得。

自分の足りないところばかりに目が行くと
しあわせやなぁ~♪という感覚からどんどん遠ざかるんですね。
ええ話を出すやないの?なんて思ったりしました。

さぁって2月は3日ほどいつもの月より短いから、
第2冊目の教科書にすすまないといけませんね。
また初心に戻ってがんばります!