AO入試で関東の大学(建築学部)へ合格が決まっていた男子生徒君。
母親との関係が似た者同士というか、諍いが絶えないことから
つまらない意地もあって英語にも力が入らないまま
彼が14歳の中学二年生で私が担当することになりました。
まったくやる気がなくてクラスに来てくれても
「俺と英語は相性があわんのや」
と豪語して寝てばかり。
当然成績ははかばかしくないままでした。
本当にどうしたら良いのか、塾長先生と折に触れて進捗状況を報告していました。
やはり自分の未来像がしっかり見えてくることが
大人になる成長の始まりってことかなと目をかけつつも傍観する姿勢を貫きました。
高校3年生になったころからずいぶんと自分の将来に就きたい仕事のことなどを
学校の予習&復習をやりながら考えつつ話してくれるようになりました。
おぉぉ~、やっと時機が到来したな!という感じです。
夫に誹られつつ、私が何校も卒業した大学の一つに彼は進むことになったのですが、
そりが合わなかった彼の母親から塾の最後の授業になった昨晩お話を伺い、
私が一番良かったのがその大学だったこと、校風が自由で寛大な素晴らしい学校だったことが
彼にその大学へ進学を決意させたと伺いました。
聴いた瞬間、良かったなぁと心から思いました。
進路を決める時に周りの人間は偏差値などで決めたがったりする傾向が強いです。
残念ながらいまの労働環境は大学の偏差値だけで一生が決まらない事実があります。
いつまでも学歴や職歴など過去にこだわっている器の小さい人間では
このデジタル時代の変化の波に溺れてしまうと思えます。
中々帰りたがらない彼と話したのは、また英語で困ったら
いつでも連絡をしてほしいこと。
できるだけ力になるからね、ということでした。
こうやってささやかでも温かな人間関係が築ける現場にいるのがこの仕事の醍醐味。
学校などの教師対生徒という関係では到底辿りつけない密な関係が
少人数のサブカルチャーの場、塾という存在だと思います。
先週NHKで路線バスの旅という30代の男優がペアで2組佐渡と北海道道南の旅行記を放送していました。
松前という場所で有志の父親たちがボランティアでわが子を含めて私塾を夕刻に開いているところに一組がお邪魔していました。
そこに集う中学生たちの素直な素朴さが忘れられません。
その雰囲気が醸し出す原因は、まわりの大人が温かく彼らの成長を見守っているからでしょう。
どんな仕事に就こうが、きちんと労働し、納税し、家庭を維持していければ
仕事に誇りをもって胸をはって生きていけると思います。
そういう人間づくりの場として私は社会の一隅から援助しているのかもしれないなと
英語を学習の一環で教えつつ、人生の先を行く同じ人間として意味があるのかもしれないと思っています。
母親との関係が似た者同士というか、諍いが絶えないことから
つまらない意地もあって英語にも力が入らないまま
彼が14歳の中学二年生で私が担当することになりました。
まったくやる気がなくてクラスに来てくれても
「俺と英語は相性があわんのや」
と豪語して寝てばかり。
当然成績ははかばかしくないままでした。
本当にどうしたら良いのか、塾長先生と折に触れて進捗状況を報告していました。
やはり自分の未来像がしっかり見えてくることが
大人になる成長の始まりってことかなと目をかけつつも傍観する姿勢を貫きました。
高校3年生になったころからずいぶんと自分の将来に就きたい仕事のことなどを
学校の予習&復習をやりながら考えつつ話してくれるようになりました。
おぉぉ~、やっと時機が到来したな!という感じです。
夫に誹られつつ、私が何校も卒業した大学の一つに彼は進むことになったのですが、
そりが合わなかった彼の母親から塾の最後の授業になった昨晩お話を伺い、
私が一番良かったのがその大学だったこと、校風が自由で寛大な素晴らしい学校だったことが
彼にその大学へ進学を決意させたと伺いました。
聴いた瞬間、良かったなぁと心から思いました。
進路を決める時に周りの人間は偏差値などで決めたがったりする傾向が強いです。
残念ながらいまの労働環境は大学の偏差値だけで一生が決まらない事実があります。
いつまでも学歴や職歴など過去にこだわっている器の小さい人間では
このデジタル時代の変化の波に溺れてしまうと思えます。
中々帰りたがらない彼と話したのは、また英語で困ったら
いつでも連絡をしてほしいこと。
できるだけ力になるからね、ということでした。
こうやってささやかでも温かな人間関係が築ける現場にいるのがこの仕事の醍醐味。
学校などの教師対生徒という関係では到底辿りつけない密な関係が
少人数のサブカルチャーの場、塾という存在だと思います。
先週NHKで路線バスの旅という30代の男優がペアで2組佐渡と北海道道南の旅行記を放送していました。
松前という場所で有志の父親たちがボランティアでわが子を含めて私塾を夕刻に開いているところに一組がお邪魔していました。
そこに集う中学生たちの素直な素朴さが忘れられません。
その雰囲気が醸し出す原因は、まわりの大人が温かく彼らの成長を見守っているからでしょう。
どんな仕事に就こうが、きちんと労働し、納税し、家庭を維持していければ
仕事に誇りをもって胸をはって生きていけると思います。
そういう人間づくりの場として私は社会の一隅から援助しているのかもしれないなと
英語を学習の一環で教えつつ、人生の先を行く同じ人間として意味があるのかもしれないと思っています。