Kaettekita 私が思う あのこと このことReturn(Get Back Part2)

進取究明。日々の雑感を気ままに綴る私なりに思い考え行い実践する不定期の記録。写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ。

創価の祈りから日蓮正宗のご祈念へ

2018年02月11日 07時57分38秒 | 邪教創価学会・邪政治団体公明党・邪顕正会・邪正信会、の邪義を構える異流義共
私は、創価学会員だった頃も、聖教新聞を取っておらず、長い事、一座のみの方便・自我偈に変わった観念文、経を知らずに、暫く五座三座をずっと続けていた。ネット等で創価内の様子を知り、一座に変えたが、何だか物足りないというか、怠けているような気がした。
 やはり、お経は、五座三座がぴったり来るし、威厳も、格好も良かった。だから、今、日蓮正宗に変わり、五座三座の正真の勤行が出来ることは、この上なくうれしく、喜びだ。
 だが、今、創価の人たちは、池田さん仕込みの、省略された一座の、方便品と寿量品自我偈で統一されてしまい、懈怠の勤行に慣れて、今までの日蓮正宗のお祈りに戻れ、と言われても、ネックになる。
 しかし、昭和の頃から平成中期の学会員ならば、五座三座を元にした勤行だったので、楽勝だろう。問題は、少ないが最近入信の楽な勤行に慣れた学会員。けれども、懈怠の方便自我偈の勤行は効き目がない、本来の勤行ではない、日蓮正宗の真の勤行に帰りなさい、とはっきり言わないと。
 私は、創価学会に居なければ、日蓮正宗の正しさにも気付かなかっただろうし、学会を媒介として、日蓮正宗法華講の門を叩くに至る。その面では、逆説的に言って、日蓮正宗への道を示した、創価学会に感謝してもいいのかも知れぬ。日蓮正宗への感謝はその倍、感謝しても尽きない。