高校時代、文芸部に所属していました。
部は1年に1度、部員の詩とか散文などを寄せて、文芸誌「すずかけ」を発行していました。
当時はかなりの時間をかけ苦心して書いた作品ですが、今読み返すと誤字脱字はもとより、内容自体が幼くて笑ってしまいます。
けれど、54年前(時の流れにビックリしますが)17歳で書いたその時の想い、せっかくブログをやっているので自分の記録(思い出)として推敲せずに書き写してみようと思いました。
【ある夏の終わりに】(1)
午後一時近くなってやっと滝子は長福寺の境内に立った。
これまで太陽のぎらつく中を歩いてきたせいか顔は赤くほてり、そこへついた時はもう汗びっしょりで、
新しい紺色のワンピースはほこりにまみれて幾分白くなっていた。
境内はいたる所に杉の木やその他の樹々が立ちこめているせいか、蝉の声が騒がしく夏らしくもあったが、かなり涼しい所だった。
彼女はハンカチを取り出して汗をふくと、ていねいに服のほこりをはたいてから、もう一度きちんと立ち直った。
そしてあたりを懐かしそうに見渡し始めた。
山門に続く石段、目の前の本堂や庫裡その他、建物はみな荘厳で、去年と変わらなかった。
そして広い庭には、桜や藤の緑の中で百日紅の木が今年も又その淡紫色や紅色の花をつけており、
回りに石を置いた池では相変わらず鯉が気持ちよさそうに泳ぎまわっている。
ここは滝子の故郷では無かった。
しかし彼女はむしろここの方が好きだった。
回りを山に囲まれたこの土地は彼女の住んでいる地方に比べれば余り発展はしていなかったが、自然の風景は比べるには及ばなかった。
美しい山や川、そして古都にも似つかわしいこの町。
その町の中心にあるこの寺も単にそれだけが美しいのでなく、まわりの景色から多分に影響を受けていたのであった。
滝子の叔父五条はここで育ちここで死んだ。
彼女はそんな叔父を恨めしく思うことさえもあった。
彼の死の原因は何だったのか彼女にははっきりわからなかったが、もしこの故郷のためだったとしたら、何故か分かるような気もした。
寺の風景は何もかも去年と同じだった。
そしてそれは滝子の心に新たな寂寞とした思いを湧きたたせるのだった。
「叔父さんはなぜ死んだのだろう。」再度繰り返した疑問が再び湧き起った。
彼女はもう一度ゆっくり境内の全てを見渡すと、やがて庫裡の方へ向かった。
百日紅の花の下を通り池をぐるり回ると庫裡へでる。
池の辺には滝子の知らぬ白色の小さな花が、まるで粉でもまいたかのように咲いていた。
去年は見かけぬ花だった。
彼女が庫裡に入ると、寺の住職が植木鉢の手入れをしていた。
棚に並ぶ数十個の鉢はみなどれも、きれいな花をつけていた。
「すみません、お線香とお水を頂きたいのですが」 滝子の声に住職は頭を上げた。
そして彼女の顔をまじまじと見つめると「あなたは、もしかすると、いつか五条さんとみえた方ではないですか。」と言った。
「ええそうです。覚えていて下さったのですか?もう忘れてしまったかと思って挨拶もしませんで…」
「いいえ、私こそ植木なんぞに夢中でしたから、それにあなたのように、庭や私の植木を褒めてくれた人は忘れませんよ。」
彼は鉢を元の場所へ並べると、手桶に水を入れ始めた。
「目でわかるんですね。大抵の人は褒めてくれるのですが、あなたみたいに根っから花や樹を好いてくれる人は少ない。
あなたと五条さんくらいでしょう。」 彼はそう言った。
「五条さんも惜しいことをしましたね。もう少しで世の中に認められたでしょうに全く惜しかった。」
住職がことさらに惜しい様子を見せたので、滝子もなにか言おうとした。が、なぜか、それに答える言葉がでなかった。
それで彼女はつい気まずそうな表情をしてしまった。
すると住職は滝子のそれを見てとってか「私は悪いことを言ってしまったようですね。ごめんなさいよ。お嬢さん・・。
五条さんの墓参りなのでしょう。うっかりその事を忘れてしまって・・。本当に悪かった。」とわびを言った。
「いいえ叔父を惜しく思ってくれ嬉しいです。」
滝子は先ほどから自分にしきりに話しかけてくる住職を「なんて話好きな人なのだろう」と思った。
「叔父・・。そうですか、あなたは五条さんの姪御さんですか。私はてっきり五条さんの絵の生徒さんかと思った。そう言われてみればどことなく似ていますね。」
彼は再び滝子の顔をまじまじと見ていたが、「まあ立ち話も何ですから、こちらでお茶でも。」と彼女を書院の方へと促した。
滝子はちょっと戸惑ったが、言いなりになった。
なぜだかよくわからなかったが、たぶん叔父の話が彼女をそうさせたのだと思った。
書院からは寺の庭が全て見渡せた。
ついさっき彼女の通ってきた山門、桜の木、紅の百日紅、美しく置いた石や樹々や、それに囲まれる池などがみな目の前に開けた。
そしてあの白い花は一枚の白い布の様に輝いて見え、周りの緑を一層引き立てていた。
彼女が暫く庭の方を眺め入っているとそこへ、すっきりしたワンピース姿の二十二・三歳の娘が飲み物らしきものをもって現われた。
彼女は軽く挨拶をすると「さあ、滝子さん、どうぞ」と出し抜けにそう言った。
滝子は自分の名を知っているその人に驚いた。 (2)へ続く・・・。
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