アメリカ軍によるシリア攻撃が回避され、アサド政府軍が優勢という現状は維持された。昨年(2012年)の暮れには、「アサド政権の崩壊は間近である」という報道がなされた。ちょうど一年になるが、予想はみごとにはずれた。ジャーナリズムの予想がはずれるのはともかく、シリアで戦況を視察してきた米国防総省の情報員も、「アサド政権は二か月ともたないだろう。下手をすれば、数週間で倒れるだろう。」と報告していた。
シリアのほぼ全土で武装反乱が起こり、国軍はすべての地域に対応できなかった。国軍の将兵は脱走し、反乱グループを組織した。
反政府軍の支配地が拡大し、アサド政権は国土の半分以上を失った。主要都市のほとんどが戦場となった。このような状況を見れば、「政権の命運は尽きた」と考えるのも当然である。アサド政権転覆を考えていたアメリカ政府は、目的達成も間近であると予測した。
2011年、トルコにアメリカ人が姿を現し、車を乗り回していた。トルコのニュースでは、CIAが動き回っていると報じられた。米国はアサド政権転覆に加担した。イラクからの撤退を決定した時であり、オバマ大統領はシリアで戦争を始める考えはなかったが、CIAは謀略を進めた。若干の武力衝突と、全国的な反政府デモによって、政変が起きるだろう。しかし政変は起きなかった。
2011年の6月、ダラアのデモの際、デモの一部と警官隊の間で武力衝突が起きた。この段階では偶発的な事件に思われた。しかしこの頃すでに、政権に不満な住民に武器を配る準備がなされた。警察官の一人が、「連中はいつの間にか、各自が銃を持っていいた」と語っている。住民に武器を配るだけでなく、アラブ諸国から募集したイスラム志願兵をシリアに送り込む準備もなされた。こうしたことは2012年に本格的になるが、2011年の後半から小規模に始まっていた。
2012年の反政府軍が成功したのは、アサド政府軍には戦闘の実戦経験がなく、初めての事態にとまどったからだ。戦場が全国各地にあるので、対応に苦慮した。「全国に展開するには兵数が足りない」と政府軍の将校が語っている。
反政府軍のそれぞれは、取るに足らない相手だったが、シリア各地に散らばっていた。反政府軍の数は1000を超えると言われる。シリア国軍はイスラエルなど外国との戦争のために存在していた。主力部隊と軍備はダマスカス周辺とホムス周辺に集中していた。いかなる反乱グループも政府軍の敵ではないが、反乱グループは全国に散らばっていたため、政府軍にとって、際限のないモグラたたきになった。
シリアにかぎらず、国家の軍隊は主要な戦場を想定してつくられている。広大な地域に、分隊レベルの少人数の敵が散らばっている状態は、想定していない。
これまでの戦争は、一つの戦場で戦われてきた。決戦場で勝利することを目的に、国家の軍隊が編成された。軍事指導者は兵力を分散させることを嫌った。大兵力がまとまっていれば、有利である。2つの戦線があることは大きな負担となる。
このことは第一次大戦の原因になった。ドイツは東西の2つの敵を恐れたため、ロシア軍が強大になる前にこれを滅ぼそうと考えた。ドイツは東のロシアと西のフランスを同時に相手にするだけの戦力がなかった。それぞれ一か国を相手にするなら、ドイツに勝算があったが、フランスとロシアを同時に相手にする場合、ドイツは勝てる見込みがなかった。幸い日露戦争後、ロシア軍は弱体化していた。しかしその後ロシアは着々と軍の再建を進めており、ドイツにとって、露・仏同盟は脅威となった。ロシアが軍事力を充実させた時点では、ドイツは勝てる見込みがなかった。ドイツ軍参謀総長モルトケは、ロシアが弱いうちに戦うことを望んた。セルビア問題は露・仏を先制攻撃するチャンスとなった。
アサド軍は戦場の多さにとまどった。軍を派遣すれば、武器の優越が歴然としているので、反乱軍を一掃したが、敵はあちこちにいる。
一方反政府軍はアサド軍と本格的な戦争をする力がない。ゲリラ戦しかできないので、決定的な勝利を得ることは不可能である。
シリア北部の反政府軍は一大勢力ではあるが、まとまった一つの軍団ではない。中隊・小隊規模の部隊が1000以上あり、大隊規模の部隊は10個程度である。そしてこれらの部隊は互いに独立している。これらがひとつにまとまり、軍隊として本格的な軍事作戦を行なうのでないかぎり、反政府軍に勝利はない。
北部でイスラム過激派が行ってきたラタキア攻略の際、せめて北西部の反政府軍全部、一緒に戦うべきである。一か所に全軍が集まっても政府軍に勝てないが、陽動作戦を繰り返し、数か所を攻撃すれば、チャンスが生まれる。反政府軍がアレッポで成功したのは、兵数が多いからである。
ラタキア攻撃には戦略的な意味がある。トルコと接する国境地帯を、反政府軍の支配地にするためである。また、海路による補給の港をアサドから奪うことになり、自分たちが使用することができる。
地中海に面するラタキア地方
[説明] 地図の左端が地中海です。地中海沿岸に、南から北に向かって順番に、トリポリ(レバノン領)・タルトゥース・ラタキアの三都市があります。
これだけ重要な意味を持つ作戦なのだから、北部の反政府軍全体で取り組むべきである。しかし北西部の数えきれない部隊は、自分の根拠地を守ることしか考えていない。また反政府軍は住民の支持がある地域にしか生まれていない。 アサドを支持する地域には、反政府軍は存在しない。ラタキアは大部分の地域がアサドを支持しており、反政府軍の地盤がない。反政府軍は支持者のいる地域に根を張っているのである。
アメリカが援助しようとしている世俗的自由シリア軍は、地域住民が武器を手にして戦っているのであり、地元で戦い、地元を守りぬく、という発想が強い。地元という観念を捨て、新しい信念のもとにまとまらない限り、一つの軍隊となることはできず、アサド正規軍を打ち負かすことはできない。
この点では、地域密着型ではないアルカイダ系のヌスラ戦線とイラク・レバント・イスラム国の方が将来性がある。彼らは戦略的発想ができる。しかし彼らだけでは、少人数であり、アサド軍に勝てない。全自由シリア軍が彼らの同盟者にならなければならない。しかしイラク・レバント・イスラム国と自由シリア軍の反目は修復しがたい。ヌスラ戦線は自由シリア軍との協力が可能である。ヌスラ戦線を中心にまとまらない限り、反政府軍に勝ち目はない。
短期間でアサド政権が倒れることはないとはいえ、このまま各地で戦闘が続けば、政権の体力は徐々に弱まる。戦死者と離脱者が続くことで、軍は動揺し、弱体化する。勝利したクサイルの戦いの時でさえ、政府軍から離脱者が出ている。今後、軍内部が分裂し、強硬派が勝利し、穏健派は粛清される事態も予想される。その場合、粛清をのがれようとして、多くの軍人が脱走するだろう。
また、政権を支持する住民が新たに殺され、あるいは難民となり、政権の基盤は崩れていく。これまで平穏だった地域でも戦闘が始まる。
現在、政府軍は優勢とはいえ、現在の状態を続ければ、一歩一歩自滅に近づく。2~3年後には、アサド政権は西部山岳地帯を根拠地とする地方政権に転落し、シリアは中央政府が存在しない国になるだろう。その時、シリア北部に割拠するのは、イスラム過激派政権イスラム国である。弟分のヌスラは兄貴分のイラク・レバントと合体したくはないだろうが、やむを得ず、同盟を結ぶだろう。ヌスラの中にはシリア人が多いので、国の名前にイラクが入るのを嫌うだろうから、北部地方政権の名前はレバント・イスラム国である。
このような展開を何よりも恐れているのが、ロシアである。シリア北部に一大拠点を得たイスラム過激派は、隣接地域であるコーカサスに目を向ける。そこには、シリアでジハードに参加したチェチェン人の故郷がある。それだけでなく、北コーカサス一帯にはイスラム教徒が多い。北コーカサスはイスラム教徒の土地である。この地に「イスラム教国」を建設することが、シリア北部のイスラム過激派政権にとって、新たな目標になるだろう。
コーカサスが不安定になることは、ロシアにとって悪夢である。今年の春、アサド政府軍は、昨年中の劣勢からようやく回復し、攻勢に転じたが、その頃アサド大統領は、ロシアに感謝していると語った。そして付け加えて言った。「ロシアがシリアを援助するのは自分のためでもあるのです。」残念ながら詳しくは語らなかった。
しかし私なりに推察すると、シリアでテロリストをつぶさなければ、次はロシア国内でテロリストと戦うはめになる、とロシアは考えている。ちなみに、プーチンはイスラム過激派を「テロリスト」と呼ぶ。彼は「テロリスト」がロシアの周辺に政権を樹立すことなど絶対に認めない。
ロシアはチェチェンの独立派と戦っただけでなく、グルジアとも戦争をした。そもそも不安定なコーカサスに対して外国の陰謀が行われた時、コーカサス全体がロシアの敵となる危険がある。
コーカサス全部が失われた時、ロシアの南部全体が不安定になる。黒海北岸とカスピ海北岸はトルコ系民族の土地である。これらの地方はピョートルとエカテリーナ両帝が獲得したもである。もともとロシアはウラル以西の内陸国である。
プーチンは何度も言う。「シリアで、ロシアは何かの権益を守ろうとしているのではない。大国が国連の決議もなく、武力を用いて小国を勝手に処分することに反対しているのだ。」
もちろんロシアは権益は守りたい、しかし、それ以上に米帝国の危険な性質を問題にしているのだ。
実際、ブッシュ大統領は中東の反米諸国を制覇するだけでなく、同時にロシアを解体することを目標にしていた。政権内に、そのような考えを持つ戦略家がいた。
したがって、ロシアはアサド政権を今後も支えていくだろう。
シリア内戦の今後を左右するのは、ロシアに加え、イラン・イスラエル・アメリカ合衆国・トルコ・サウジアラビア・カタールである。シリアを舞台にこれらの国が戦っている。
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