道々の枝折

好奇心の趣くままに、見たこと・聞いたこと・思ったこと・為たこと、そして考えたこと・・・

学び過ぎ

2021年02月21日 | 人文考察

「過ぎたるは及ばざるが如し」と諺に謂う。何事も過ぎてはいけない。学び過ぎというのも例外ではない。

己の不勉強を棚に上げて何を云うかと叱られそうだが、幼い頃から学び過ぎると、元々スポンジの様な脳が壮年の頃には柔軟性を失い吸収力が低下、以後新しいことを学ぶ意欲が年毎に減衰するらしい。老年を迎える頃には学ぶことが煩わしく世の流れについて行けなくなるとか。「学び過ぎは学習の敵である」という逆説?が成り立つのだろうか?

東北アジアの中・韓・日、儒教三国の国民、就中日本人は、大変な勉強家だった孔子が纏めた統治理念の学説を、永年、本家本元の中国の人たちや経由地の韓国の人たちにも増して学び、強い教化を受けた。それだけ学ぶことが好きな民族なのだろう。

日本人は、幼い頃から学ぶことを勧奨されて育つ。大昔から、生活の楽しみを犠牲にしても勉学することを強制され、それを修行と心得て励行して来た。
子女に学びを督励するのは日本だけでなく、どこの国の親も同じだが、中国由来の日本の学びはstudy でなく、真似ぶと言い換えることができる学び、英語ではlearnに近いものであろうか。各人をstudy に導くoriginality重視でなく、反復模倣を繰り返す画一教育で学習システムが成り立っていた。知的トレーニングとしては甚だ疑問がある学習法である。

武士の子弟が思考力の未熟な幼児の頃から始める四書五経の素読は、丸暗記であってstudyには程遠い。学びは思考力を養う学び方が大切である。機械的な暗記というものは、知力の向上に資するとは考えられない。多くの知性に触れる事は、当人の知力【思考力】の向上とは全く無関係である。

学べば世に有用な人間になれると督励され、勉学し続けて大人になる。学ぶためには、何を何のために学ぶか、つまり学ぶ種目と目的がなければならないはずだが、種目は儒学と固定されては、学ぶことそのものが目的となる。時には強迫観念に駆られて学ぶ人も出る。知的生産に繋がらない学びである。そこからは、柔軟な発想、創造性は生まれない。

「四書五経」と呼ばれるが、五経が先で、四書は宋代の儒家朱熹(朱子)が五経のうちの「礼記」の一遍から「大学」と「中庸」を独立させ、「論語」と「孟子」を加え四書としたと聞く。五経よりも先に読むべきものと位置付けられている。つまり五経が上級、四書が初級というところだろうか。
四書五経をセットで学ぶようになったのは宋代以降、日本では鎌倉時代、元寇の前あたりからだろう。

人生で最も学習と研究に向いている時期に、科学でない個人的観念の書物を読破することなど、それ自体を目的にするのでなければ到底続かないだろう。
学ぶことが目的化した社会では、凡人は学んだから有用の人物になったと錯覚してしまうだろう。科学的には相変わらず無知なままなのだが・・・
徳川幕藩時代の武士階級には、儒学を教える学校があって、武士たちは大いに学んだが、諸学を学び切磋琢磨して知的生産を行う、大学に相当する公の教育機関は無いに等しかった。

学ぶことで社会に役立つ人間になるというのは、古代に「聖人」を生み「士大夫」でないと人と看做さない中国人の妄説である。世に有用であるためには、その人独自の理念が大切である。どれほど経世の学識を蓄え倫理の観念を磨き育てても、それをもって世に有用の人とはならない。真似はどんなに精確であっても所詮オリジナルには敵わない。
孔子は「学んで思わざれば則ち罔(くら)し 思うて学ばざれば則ち殆(ほとほと)し」と教えているのだが・・・

昨年末、私が行った書店では、デパ地下の食品売り場を凌がんばかりの人数が溢れていた。外国人が見たら、何と読書好き学び好きの国民かと愕くに違いない。
私は読書を格別に大事なこととは思っていない。読書は誰にでもできる。誰でもできることは大したことではない。したがって、多くの書物を読んだ人は、読むことが格別に好きだっただけであって、それを偉いなどとは思わないだろう。著作という仕事に対しては、深い敬意を覚える。

読書は、知力に富んだ人間にとって最も容易な作業だと思う。病人でも許される軽作業である。怠け者にはピッタリの仕業である。
書くことと読むことでは、知的作業として天地ほどの違いがある。多読はそれが楽だったからに過ぎない。読むことが楽しかったからである。楽しみごとをいくら沢山やったからと言って、称賛されるものではない。人の書いたものを書斎やベッドで滅多矢鱈に読んでも、決して人に誇れることではない。フィールドに出て、実体験を積まない知識ほど、有害なものはないし、思想を産まない修学も評価に値しない。

私は読書というものは、自分の思考力を研ぎ磨く砥石だと思っている。他人の考えに触れることは、自分の考えを陶冶し深めることに繋がる。
砥石は粒子の大きさによって荒砥、中砥、仕上砥に大別される。書物にも著者の見識と思策力によって荒砥・中砥・仕上砥が類別される。

刃物に刃をつけるには、粒子の粗い荒砥から研ぎ始め、中砥、仕上砥へと進む。
いきなり仕上砥で研いでも刃はつかない。また、荒砥・中砥で研ぎを終えても、よく切れる刃物にはならない。自身の思考力の発達に応じて、読む本を段階的に上げていくのが、好ましい読書のあり方だと思う。
読書の初めの頃は、本を選ばず片っ端から乱読するのが好く、読解力の進化に伴って砥石を選べる様になる。仕上砥に類する本を精読する頃には、自分の読みたい本、読むべき本は自ずと定まって来るだろう。

昔高校の副読本で、中砥や仕上砥に該る本を勧められ、よく理解できなかった経験がある。荒砥段階の読解力しかなかったのだろう。
人間は多様であるから、人の勧める本を読む必要は全くない。「何歳までに読んでおくべき本」などと公言して憚らない人物がいるが、噴飯物である。こ広い世界に存在する古今無数の著作物の中から、そんな本を見つけ出すことなど不可能だ。縁あって選んだ本を読むに如くはない。本を開いて適当な箇所を数ページ読めば、それが自分の思考を研ぐ砥石に相応しいかどうかすぐわかる筈だ。

頭脳に自負があって、難解で評判の本を片っ端から読む人がいるが、勧められない。頭でっかちになる惧れがある。物事には、段階というものがある。
若い人の中には、見栄で仕上砥に当たる本を読んでそれを吹聴する甚だ虚栄心の高い人がいるが、虚栄の読書はいただけないし、何の意味もなく何も産まない。
刃物は急いで研いでも刃がつかない。順を追って、丹念に砥石の目を替え研ぎ上げなければならない。
焦らず急がず、自分の読解力に応じて読めば、読書は思考の刃を鋭利にしてくれると信じている。

読んだ本の内容は記憶し切れるものではない。もし読んだことを忘れまいとするなら、脳は記憶のためにそのほとんどの機能を奪われ、思考する機能が圧迫されるに違いない。したがって、受験用でない書物の内容は忘れてもいっこうに構わない。むしろその読書の目的が終わったら、スッパリ忘れてしまう方が、頭の吸収力、受容力は上がるだろう。書物の内容は、思考を研いだ結果として、自分の読解力・思考力の進歩の形で残る。残らなければ、読んだ本が適切でなかったか身を入れて読まなかったということである。

荒砥で研いでばかりいては刃は付かない。刃物自体がすり減って使い物にならなくなる。また中砥を経ないでいきなり仕上砥で何千回研いでも刃は付かない。すなわち、思考力に噛み合わない本をどれだけ読んでも、その人の思考力は研ぎ上がらない。

明治維新以来、いやもっとその前の漢字が入って来た頃から、日本人は、読むことそのものが目的化していたのではないかと思えるほどによく本を読んで来た。明治の人は、和漢洋の書物に通じることを理想としていた。
たしかショーペンハウエルだったと思うが、多くの書物を読むことは、多くの人の思索の跡を辿ることで、それに時間を割かれ、他人の考えで頭の中が埋まり、自分の頭で考えた思想を練る余裕がなくなるという意味のことを説いていた。万巻の書を読み漁った挙句の述懐だろう。

自分の頭で考えたことを、すでに他の人が書物に著していることは多くあるはずだ。たぶん殆どの思想というものは、有史以来の人類の思索の二番煎じ三番煎じであろう。彼の大先生はそれでいっこうに構わないと言っている。その考えに至る経路を、自分で踏み分け自分の脚で歩いたことに意義があるそうだ。

学び過ぎかどうかを見分けるのは簡単だ。学んだことが自分で発想したことよりも多く溢れ出すようなら、学び過ぎであろう。博覧強記の人である。
読みすぎると、読んだことが脳内に充満して、思考や発想の際にそれが外に出てしまうことはよくあることだろう。そんなに本が読めたら幸福だろうが、凡人には、他人の思索の断片で脳内が足の踏み場もないほどになる状態は、歓迎できることではない。知識というものは整理されていなければ、適時即座に引出すことができない。
「エセー」の著者で古今有数の読書家だったモンテーニュは、「平穏な人生を送るためには、学識はほとんど必要ない」とまで言っている。



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