展覧会名:細密の世界で魅了した 七宝の美
場所:横山美術館
期間:2022年4月29日~7月24日
訪問日:6月4日
1.初めに
明治の頃に日本は陶磁器を海外に多量に輸出していたが、その意匠は海外向けで国内向けとはかなり違っていた。海外では評価が非常に高いが日本国内でっはほとんど見られない。そういったものを名古屋市内の横山美術館は展示しており、2019年に一度下記のように訪問記録を書いている。
https://blog.goo.ne.jp/tenchan-ganbare/e/046a6635d2c5befa663f42fbe6e6abbd
その美術館で、金属素地の上にガラスの釉薬を乗せて焼く七宝の器の特別展が開催された。
日本の七宝は、7世紀頃からほそぼそと生産されていたが、江戸末期にオランダからヨーロッパで製作された製品が入ってきたのを機に研究が進められた。そして日本の焼き物の釉の技術を基盤として明治時代に飛躍的に発展し、世界で最高峰の技術に磨き上げた。そしてその作品のほとんどが海外輸出された。主たる生産地は愛知県だった。
ところが2つの世界大戦を経て海外市場が失われるとともに、プラスチック等で類似の見かけのものが非常に安価に製作されだしたことによって産業が崩壊し、現在は愛知県のあま市でわずかに命脈を保っているという状況にある。
ともかく作品のほとんどは海外にあるが、この美術館は逆輸入品などを集めて展示会を開催した。
なおこの美術館は撮影が自由である。
2.製作方法等と作品の特徴
七宝が廃れたのはその複雑な工程のためである。
基本の方法の例を下記に示す。これは図案を元に、色の違う場所の区分けを工程④の細い線を置くことで区切っている。すなわち高温で釉薬が溶けたときに流れて混ざらないようにダムを作る方法である。ここに出ている8つの工程それぞれが専門の職人が必要である。
色については色見本があったが、釉であるから焼く前の色と焼いた後の色は全然違う。
基本工程を外れていろんな手法がある。上記では色が混ざらないように線を置いたが、そのまま焼く方法と、焼く直前にそれを取り去り違う色の境界を混ぜ合わせてぼかす方法がある。また元の金属の器に凹凸を付ける方法、金属の器自体を焼成後に酸で溶かして釉だけにする、すなわちガラス器にしてしまう方法などもある。
陶磁器と比べての主要な違いは、下記のようなものである。
①素地が金属であるため、釉を載せるために高温にしても形は変らない。そのため揃った外形上のものができる。
②表面がガラスの光沢になる。
⓷同様に寸法変化がないことと細かく色の配置を設定できるため、非情に緻密な文様が可能である。
3.作品紹介
作品が120点ずらりと並べられている。私達がいった時ちょうど学芸員による説明が行われていたがペースが合わないので、時々聴く程度に留めた。(ちゃんとした説明。2週間置きの土曜日13:30分から実施するよう。)
展示品で 私が気に入ったものを並べてみる。面倒くさい漢字の名前があるけど、見た感じの適当な名前を付ける。
(1)銀の瓶に龍が描かれたもの 等
掌よりもやや大きい程度の小ぶりのもの。七宝は通常は銅が素地として選ばれるが、これは銀。その上に半透明のピンクの釉が載っていて、それに龍が描かれている。外光が内部の銀まで届きそれが反射して、中から光が出ているような気高い雰囲気がある。
これは展示法(ライティングなど)をよくすればもっと映える。
同様に銀の瓶を素地に使ったもので、金魚を盛り上げて描いたものもある。この作品もガラスの内側の銀の反射が美しい。下の左に示す。
銀は高いので、銅の上に銀箔を貼りその上に釉を乗せている。それでも十分銀素地の反射がある。下の右に示す。
(2)銅の打ち出しに海老が描かれたもの
銅素地から海老を打ち出し、それに赤色の釉を載せたもの。打出部以外は銅の素地が出ている。それと海老のガラスの光沢との対比がいい。
(3)磁器の上に鶴が描かれたもの
これは金属と違って磁器の素地に描いたもの。磁器の素地に七宝を載せることは金属の上に載せるよりも難しく、割れたりするらしい。この作品は優雅な鶴を七宝に加えて漆も組み合わせて、とてもシックに仕上げている。
(5)花と唐草文様が描かれた壺
黒光りする地に細かく唐草文様が描かれ、それに小さなきれいな花がたくさん描きこまれている。とてもおしゃれだと思う。
(6)一対の器
素地が金属で高精度の成形がなされているために、こういった一対のものや数個のセット品は完璧に同一形状で生産できるので得意。
きれいなグリーンに花の文様がちりばめられてる。
赤や黒を素地にしたものもある。
(7)帝室技術員署名のブランド品
七宝器は各工程の職人の連携で作られたもので愛知県で作られたものは、ほとんどが製作者名がない。(誰が作ったか見ればわかるそうだ。) しかし京都の並河靖之氏のグループ、また東京の濤川惣助のグループは、それぞれリーダーの製作者名を入れて製作し、ともに帝室技芸員となった。
これは並河氏の製作したもの。確かに落ち着いた色をベースに緻密な文様が描かれて素晴らしい。各色ごとに非常に精密な縁取りがなされている。
4.おわりに
明治時代に輸出された海外むけデザインの陶磁器と同様に、この七宝器も海外で高く評価されて、日本は素晴らしいと言われているが、日本には国内には作品がないので、一般の日本人にはほとんど知らされていない。 確かに素晴らしい工芸品であり、日本人としての誇りにすべきものであることがわかった。
それとともに、こういった工房の職人者集団で作られるものの署名のあり方は難しいなと思った。愛知県の職人集団は最高峰の作品を量産していたにも関わらず無署名だった。それを追いかけて同様に最高峰に達した京都と東京のグループは代表者を署名し、その人が帝室技術員という名誉を与えられ、国内では現在でも評価されている。愛知のグループの作品は海外で高く評価されているけれども、日本では無署名ということで評価が十分なされていない状況にあるそうだ。
なお前回も書いたが、この美術館の展示方法や照明は、展示品の魅力を引き出していない。今回は特にガラス器の隣に来る七宝器ということで残念だった。
愛知県陶磁器美術館、ヤマザキマザック美術館、大一美術館などの陶磁器やガラス器の展示を参考に、せめて企画展示については改善してほしい。
場所:横山美術館
期間:2022年4月29日~7月24日
訪問日:6月4日
1.初めに
明治の頃に日本は陶磁器を海外に多量に輸出していたが、その意匠は海外向けで国内向けとはかなり違っていた。海外では評価が非常に高いが日本国内でっはほとんど見られない。そういったものを名古屋市内の横山美術館は展示しており、2019年に一度下記のように訪問記録を書いている。
https://blog.goo.ne.jp/tenchan-ganbare/e/046a6635d2c5befa663f42fbe6e6abbd
その美術館で、金属素地の上にガラスの釉薬を乗せて焼く七宝の器の特別展が開催された。
日本の七宝は、7世紀頃からほそぼそと生産されていたが、江戸末期にオランダからヨーロッパで製作された製品が入ってきたのを機に研究が進められた。そして日本の焼き物の釉の技術を基盤として明治時代に飛躍的に発展し、世界で最高峰の技術に磨き上げた。そしてその作品のほとんどが海外輸出された。主たる生産地は愛知県だった。
ところが2つの世界大戦を経て海外市場が失われるとともに、プラスチック等で類似の見かけのものが非常に安価に製作されだしたことによって産業が崩壊し、現在は愛知県のあま市でわずかに命脈を保っているという状況にある。
ともかく作品のほとんどは海外にあるが、この美術館は逆輸入品などを集めて展示会を開催した。
なおこの美術館は撮影が自由である。
2.製作方法等と作品の特徴
七宝が廃れたのはその複雑な工程のためである。
基本の方法の例を下記に示す。これは図案を元に、色の違う場所の区分けを工程④の細い線を置くことで区切っている。すなわち高温で釉薬が溶けたときに流れて混ざらないようにダムを作る方法である。ここに出ている8つの工程それぞれが専門の職人が必要である。
色については色見本があったが、釉であるから焼く前の色と焼いた後の色は全然違う。
基本工程を外れていろんな手法がある。上記では色が混ざらないように線を置いたが、そのまま焼く方法と、焼く直前にそれを取り去り違う色の境界を混ぜ合わせてぼかす方法がある。また元の金属の器に凹凸を付ける方法、金属の器自体を焼成後に酸で溶かして釉だけにする、すなわちガラス器にしてしまう方法などもある。
陶磁器と比べての主要な違いは、下記のようなものである。
①素地が金属であるため、釉を載せるために高温にしても形は変らない。そのため揃った外形上のものができる。
②表面がガラスの光沢になる。
⓷同様に寸法変化がないことと細かく色の配置を設定できるため、非情に緻密な文様が可能である。
3.作品紹介
作品が120点ずらりと並べられている。私達がいった時ちょうど学芸員による説明が行われていたがペースが合わないので、時々聴く程度に留めた。(ちゃんとした説明。2週間置きの土曜日13:30分から実施するよう。)
展示品で 私が気に入ったものを並べてみる。面倒くさい漢字の名前があるけど、見た感じの適当な名前を付ける。
(1)銀の瓶に龍が描かれたもの 等
掌よりもやや大きい程度の小ぶりのもの。七宝は通常は銅が素地として選ばれるが、これは銀。その上に半透明のピンクの釉が載っていて、それに龍が描かれている。外光が内部の銀まで届きそれが反射して、中から光が出ているような気高い雰囲気がある。
これは展示法(ライティングなど)をよくすればもっと映える。
同様に銀の瓶を素地に使ったもので、金魚を盛り上げて描いたものもある。この作品もガラスの内側の銀の反射が美しい。下の左に示す。
銀は高いので、銅の上に銀箔を貼りその上に釉を乗せている。それでも十分銀素地の反射がある。下の右に示す。
(2)銅の打ち出しに海老が描かれたもの
銅素地から海老を打ち出し、それに赤色の釉を載せたもの。打出部以外は銅の素地が出ている。それと海老のガラスの光沢との対比がいい。
(3)磁器の上に鶴が描かれたもの
これは金属と違って磁器の素地に描いたもの。磁器の素地に七宝を載せることは金属の上に載せるよりも難しく、割れたりするらしい。この作品は優雅な鶴を七宝に加えて漆も組み合わせて、とてもシックに仕上げている。
(5)花と唐草文様が描かれた壺
黒光りする地に細かく唐草文様が描かれ、それに小さなきれいな花がたくさん描きこまれている。とてもおしゃれだと思う。
(6)一対の器
素地が金属で高精度の成形がなされているために、こういった一対のものや数個のセット品は完璧に同一形状で生産できるので得意。
きれいなグリーンに花の文様がちりばめられてる。
赤や黒を素地にしたものもある。
(7)帝室技術員署名のブランド品
七宝器は各工程の職人の連携で作られたもので愛知県で作られたものは、ほとんどが製作者名がない。(誰が作ったか見ればわかるそうだ。) しかし京都の並河靖之氏のグループ、また東京の濤川惣助のグループは、それぞれリーダーの製作者名を入れて製作し、ともに帝室技芸員となった。
これは並河氏の製作したもの。確かに落ち着いた色をベースに緻密な文様が描かれて素晴らしい。各色ごとに非常に精密な縁取りがなされている。
4.おわりに
明治時代に輸出された海外むけデザインの陶磁器と同様に、この七宝器も海外で高く評価されて、日本は素晴らしいと言われているが、日本には国内には作品がないので、一般の日本人にはほとんど知らされていない。 確かに素晴らしい工芸品であり、日本人としての誇りにすべきものであることがわかった。
それとともに、こういった工房の職人者集団で作られるものの署名のあり方は難しいなと思った。愛知県の職人集団は最高峰の作品を量産していたにも関わらず無署名だった。それを追いかけて同様に最高峰に達した京都と東京のグループは代表者を署名し、その人が帝室技術員という名誉を与えられ、国内では現在でも評価されている。愛知のグループの作品は海外で高く評価されているけれども、日本では無署名ということで評価が十分なされていない状況にあるそうだ。
なお前回も書いたが、この美術館の展示方法や照明は、展示品の魅力を引き出していない。今回は特にガラス器の隣に来る七宝器ということで残念だった。
愛知県陶磁器美術館、ヤマザキマザック美術館、大一美術館などの陶磁器やガラス器の展示を参考に、せめて企画展示については改善してほしい。
展示室では照明の出来が作品の見栄えを大きく左右しすることがありますね。
同じ絵画を違う美術館で見たことがありますが、特別展で見た美術館の時のほうが常設展の美術館より素晴らしく見えたことがあります。照明が特別展で見た時が最高の絵に見せる努力があったのだと思います。
七宝器はガラスに近い釉ですから、周辺の光に依存しますが、非常にきれいな色が出ます。
どっかのガラスの展示のように、ライティングが時間とともに変わる仕掛けを作ってもいいくらいです。
どこの美術館もそれなりの工夫をしています。
ここはほとんど資料展示にちかく、美術館というよりも資料館といったほうがいいのじゃないかぐらい、不満です。