縁側に坐してしわぶき聞きにしを父母恋えば風鈴の鳴る teto
私の小さいころの父は東の縁側にある籐椅子に腰かけていつも本や新聞を読んでいた。母は「西風は極楽のあまり風」と言って西の縁側でお針箱をそばに置いて繕いものをしていた。私は小さい机を持ってきて母と語らいながら、朝顔の花が今日は三つ咲いたとか、色は水色とピンクだとかの絵日記を書いていた。そんな両親の姿は今も頭に残っていて涼しい夏の朝の風景が今も鮮やかによみがえる。
縁側に坐してしわぶき聞きにしを父母恋えば風鈴の鳴る teto
私の小さいころの父は東の縁側にある籐椅子に腰かけていつも本や新聞を読んでいた。母は「西風は極楽のあまり風」と言って西の縁側でお針箱をそばに置いて繕いものをしていた。私は小さい机を持ってきて母と語らいながら、朝顔の花が今日は三つ咲いたとか、色は水色とピンクだとかの絵日記を書いていた。そんな両親の姿は今も頭に残っていて涼しい夏の朝の風景が今も鮮やかによみがえる。