もしもし、運命の人ですか。穂村 弘著角川文庫
今をときめく歌人のエッセイなので、期待をもって読んでみたが、とりたてて頭に残る文章はなかったなぁ~。歌人はやはりひとつの事象からとんでもない発想、空想をするものだと思った。彼の発表された歌のほとんどは凡人の私には理解しかねないのが多い。 これは年齢のせい?感性の違い?学生の歌しかりネットの歌しかりであるが、これは私の勉強不足が影響しているのだろう・・・・
万葉集はそのほとんどが相聞歌である。それは人に限らず森羅万象においてであるが、もっと自分の気持ちを素直に詠ったのではないか?貴族から庶民まで。詠み人知らずの歌が多いのもうなずける。
あの河野裕子も「集中して真っ直ぐな気持ちに自分を鎮めてそこから出てきた言葉は誰にも何も言わせません。自分に素直に出てきた言葉は澄んでいる。」と書いている。「日々を記し癒しを得るために歌を作る。歌は時代とともにある。それが現代短歌だ。そこに新しい手法や現代的な感性があればいい」これは時評にある歌人田中槐氏の言葉だ。
「現代短歌とは難しい言葉の羅列や古語をやたら使わないで、一つの歌を作者と読者が共有してこそ歌は成り立つ。読者に通じぬ歌は決して上手とは言えない。」これは短歌の雑誌で読んでおおいに意を強くしたもので、私の歌作りの原点となっている。あまり難しいことは考えないで自分なりにのんびりと歌つくりを楽しんでみようか・・・・・・