鉄道模型のある生活ブログ

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海外旅行 1995年 シカゴ4  最終回 工場見学など

2023年06月09日 | 海外旅行

1995年に小さな学会のツアーでアメリカのシカゴに行った話ですが、前回はシカゴの環状線、ループを書きました。

今日はツアーの一環で、工場見学です。

シカゴの郊外にシーメンスの工場があります。 シーメンスはドイツの会社ですが世界中に工場を持っていて、ここはガンマカメラなど核医学の装置を作っています。

すごいリムジンが並んでいます。 これでホテルに向かいにきてくれました。私は白い方、長いですね、これに乗りました。気分は最高。 でも偉い先生が横にいるので緊張の連続。

玄関に入ると、シーメンスの職員が並んで歓迎してくれています。 そこを通った時に私の名前が呼ばれました。 みると、Toka・大学病院にいたMさんです。 放射線技師として学会発表や論文などたくさん書いていた人ですが、シーメンスのバッジを付けている。 こちらに転職したのです、との事。 若くてよくできるので引きぬかれたんだ。 でも、今後結構厳しいかもしれない。

工場ではガンマカメラのコリメーターを作っていました。 そこの技術者がこのコリメーターはvery、very、very good と3回もveryをつけて言うので、思わず、クスリと笑ってしまった。 そしたら それが聞こえて、「なんで笑うんだ!」と怒り出した(もちろん英語で)。

「だって、veryを3回も言うんだもん」「本当にすごいんだ、証拠を見せてやろう」 とコリメーターのテスト装置、高い天井に線源をおいて、コリメーターを通る光を見る、本当は放射線線源だろうけれとここでは光。 と言うようなことが思い出されます。

 

工場見学の後はシカゴ科学産業博物館に行きました。 ここは以前に何度も行っていて、入った所に大きなOゲージのレイアウトがあるところです。

ここでは、医学関係のところに。 これは何でしょう? 人骨ですね。

これって、本物の人骨です。 頭を見ればわかるけれど、小さな骨から成り立っていることがわかります。 耳小骨という耳の中の小さな骨もちゃんと展示されています。

本物の人骨を展示してあるところがアメリカだ。 

 

これは、人間の頭のスライスだ。 ハムのようにスライスしてある。 もちろん本物の人間の頭なので脳もスライスされている。

手前に引き出されているものには目玉も写っている。

そして、奥にあるのがその部分のCTのスライス像だ。 だから、両者を比べるとここはこういう風に写ると言うのが理解できる。

人間の脳をスライスして一般の人に見せる、一般人というよりむしろ子供に見せて教育する目的だ。 だからこのエリアに子供がたくさんいる。

 

最後の夜です。 シカゴ大学のメンバーと送別会が開かれました。 日本料理屋です。しゃぶしゃぶかな? 私の向かいの女の人はMさんで、以前行った時には院生だったが、多分この時には助手。 数年前日本に来た時には助教授になっていた。 左手前の男性は、おじいさんが日本人で、苗字はnishikawaと日本名です。 でもまったく日本語は話せません、 この数年後日本に来られた時には、神戸で講演をしていただいて、その後、三ノ宮のスナックでカラオケを歌ってもらった時にイエスタデーを歌ったのですが、英語がうまい。 当然ですが日本人みんな思わず、ウォー と声を出すほど日本人が歌うイエスタデーとは全く違う発音。 やはりネーティブは違うと実感したのです。

 

夕食について、この前々日にK君と二人でシカゴのタウンタウンの普通のレイストランに行きました。 ステーキ系のものを頼んだのですが、そのステーキが大きい。 藁草履と言っても解らないかもしれないけれど、こう言う時には草履のようなステーキというのだが、味は無いし、なによりも大きすぎてとても食べきれない。 二人とも半分以上残したら、珍しそうに見ていたウエイター達に笑われてしまった。 なんと少食な、ということだろう。

その翌晩はやはり二人で、紅花of東京に行った。 日本のステーキレストランで日本人のシェフが包丁を日本刀のように扱うようなパフォーマスンスをして目の前の鉄板で焼いてくれるのです。 これは以前にも行ったことがあるので安心して行ったのですが、案の定、味は抜群。 やわらい肉だし焼き加減も良いし、K君も大満足で完食。 やはり日本人の店に行かないと。 でも価格は下町のレストランの数倍したかもしれませんが。

 

帰国です。 オヘア空港で、このツアーで知り合いになったIchiさんと、この方も放射線技師でしたが、国立大学の教授になりました。 それはそれはとても良くできる人ですから。

 

コロナのこともあり今時、飛行機に乗らないので、こういう写真が懐かしい。 オヘアだったか成田だったか。

 

さて、帰りの飛行機の中で、12時間ほど飛行するので時間は十分にある。

この立っている先生(もうお亡くなりになっていますが)、この学会の名誉会長?だっただろうか、私の放射線技師学校の恩師なんですが、この先生に捕まった。 大学に行って学位を取れとの事。 入学ではなくて、委託研修という制度を使って研究しろとの事。 そんな難しいことはできないと断っていたが、受け入れてくれる先生を紹介するからと、この時にいた他の先生に私をその先生のところに連れて行く段取りをつけてくれて、もう断れない。 1年で終わると言われたが、その後結局3年かかることになってしまいました。

 

日本に帰ってきました。

この写真、自分でもどこだか解らないので、数年前に私のホームページで、ここは何処?と聞いたら、早速、これは神崎川との返事をいただきました。 そうなんだ、伊丹に着陸寸前の写真だったのです。

やっぱり海外旅行は面白かった、これでこの旅行記を終わります。 K君あちこち連れ回してごめん、お疲れ様でした。

 

おわり

 

 

 

 

コメント
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