Tikara`s Photoroom

私のこれからとこれまでの写真作品を、自身のコメントと共に載せて多くの人に見ていただき、批評していただきたいと思います。

395.久安寺で、紅葉を写す。

2013-11-21 22:36:39 | Weblog
 今年も、久安寺に紅葉を写しに出かけた。ここ数年、毎年この時期になると、家内とふたりで訪れている。久安寺は、大阪府池田市伏尾町の山間部の入口近くにあり、高野山真言宗の名刹である。自宅のある宝塚から、車で30分ほど走れば、着くことができる関西の花の寺で、春から秋にかけては、オオヤマレンゲ、ローバイ、アジサイなどが咲き乱れ、特に晩秋の紅葉の美しさで、地元や阪神間の人々に愛されている。11月16日の土曜日に、その美しい紅葉のさまを、カメラに収めようと出かけたが、ただ天候はあまり芳しくなく、1日中低い雲が垂れ下がる曇天の下での撮影となった。それでも木々は、鮮やかに色付き、訪れた人たちの目を楽しませてくれた。入口付近。白い土塀から、紅葉がはみ出している。
一口に紅葉といっても、いろいろな発色の仕方があるのがわかる。境内の様子。やや不順な天候のせいか、休日だというのにそれほど人出は多くない。
本堂とそれにつながる渡り廊下。本堂横のイチョウの木も、見事に黄葉していた。渡り廊下のそばの岩の上に、たくさんの花梨の実が置かれていた。その花梨の実が
木に成っているところも写しておいた。虚空園と呼ばれる庭園。豊臣秀吉が参拝して、三光神を祀り、月見茶会を催したという。 
国指定の重要文化財である楼門にも、紅葉は、よく映える。 
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394.日産リーフで、晩秋の京都妙心寺を訪ねる。

2013-11-17 20:08:03 | Weblog

夏に続いて、日産リーフのモニター市場に応募したところ、また試乗させてもらえることになった。今度は、4日間と幾分モニター期間は短いが、休日には、秋の京都に、行ってみようと思った。さて、当日私が乗ることになったリーフを取りに、大阪日産の宝塚営業所に行ってみると。用意されていたリーフは、前回と同じブルーの車体の、中間グレードのものだった。前回3000キロほどしかなかった距離計も、今回は12000キロを超えている。あれから、色々な人が試乗したのだろう、車体の下部には、少し擦り傷のような跡が残っていた。担当の人と、その状態を確認してから、私は、リーフに乗り込んで、宝塚を後にした。用意されていたのは、前回と同じリーフだった。
 リーフは、前回と同じように、快適な走りを続けた。全く静かで、加速しても耳に入るのは、幾分冷たさを増した、秋風の、風きり音だけである。私のお気に入りのルート、173号線を川西から、能勢町、篠山市と走りぬけ、亀岡市の9号線に入った。相変わらずの加速の良さで、山間部の登坂路でも、追い越し車線を使って前を走るガソリン車を、次々と抜いていく。晩秋の山里の風景の中を、リーフは、実に静謐に駆け抜けていく。
 2時頃、途中での止むを得ぬ用事を済ませたあと、京都市右京区にある妙心寺に向かった。意外に早く用事が終わったので、同乗していた家内の、せっかく京都に来たのだからと言う言葉に応じて、9号線を南下して、嵐山(平日なのに、意外と観光客が多かった。紅葉見物だろうか)から嵯峨野を抜け、、大覚寺、広沢の池から衣掛の道を使って、銀閣、竜安寺のそばを通り抜け、リーフは、妙心寺に着いた。妙心寺山門と、入ってすぐの境内の様子。
入ってすぐにある塔頭,退蔵院の中の庭園の様子。妙心寺には、こうした大小様々の46の塔頭があり、退蔵院は家内が最もお気に入りにしている。退蔵門内の、枯山水庭園。退蔵門内の水琴窟、蹲(つくばい)。葉影の下の黒い陶器に、水をかけてその美しい音色を楽しむ。
妙心寺には、ほかにもたくさんの塔頭がある。この日、訪れた他の塔頭の写真のいくつか。深まる秋の風景が綺麗だ。夕方近くになり、徐々に人影がまばらになる。
夕方の木漏れ日に照らされる,退蔵院元信の庭。



                            Special thanks to 上床 恭弘  日産大阪販売

                                       

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393.映画「イヤー・オブ・ザ・ガン」に、イタリア政界の暗部を見る。

2013-11-09 16:27:35 | Weblog
もう、20年以上前のことである。家内と二人で買い物の最中に、残暑の厳しい日差しを避けるために、梅田の繁華街にある映画館にタイトルも見ずに飛び込んだ。そこで上映されていたのが、この映画である。途中入場のため最初はどんな映画なのかもわからなかったが、その圧倒的にサスペンスフルなタッチと、リアリズムに徹した映像で、みるみる夫婦ふたりとも画面に引き込まれていった。映画のエンドタイトルの時に、、ジョン・フランケンハイマーの監督作であることを知って、「やっぱり」と私は心中思った。三船敏郎を準主役に迎えた「グラン・プリ」、続編に傑作なしの巷説を打ち破った「フレンチ・コネクション2」、スタジアム・パニック・サスペンスの金字塔「ブラック・サンデー」などを監督したあのフランケンハイマーの最新作「イヤー・オブ・ザ・ガン」だった。
主役の二人。シャロン・ストーン(左)と、アンドリュー・マッカーシー。1978年イタリアのローマで起こった、極左テロリスト集団「赤い旅団(レッド・オブリゲート)」による、モロ元首相誘拐暗殺事件を背景に、主役の二人が,抗争に巻き込まれながら出会い、別れていく様を描いている。
「赤い旅団」から送られてきた、誘拐されたアルド・モロ元首相(1916~1978)の写真。背後に、「赤い旅団(オブリゲート・ロッシ)」の文字。世界中のマスコミに配信された。「赤い旅団」は、身代金と、収監されている旅団幹部の即時釈放を、時のアンドレオッティ内閣に要求したが、「テロに屈せず」の姿勢をアンドレオッティ首相は貫ぬくため、その要求を無視し、55日間の拘禁の末、モロ元首相は、テロリストたちに銃殺された。
モロ元首相の、射殺死体が発見された場所。不法駐車のルノー4の中に、置き去りにされていた。一国の首長経験者が誘拐された場合、政府は普通は、その発見と身元の安全確保に全力を挙げるだろうし、最悪の場合は、テロリストたちの理不尽な要求に屈しなければならないだろう。だが、時のアンドレオッティ内閣はそれをしなかった。ほとんど捜査らしきこともせず、やっても信じられない初歩的ミスを繰り返し、逆にモロ元首相が、帰らぬ人となるように仕向けているようにさえ見える。
モロ元首相は、現役時代にソ連や、その他の共産圏の国々と、食肉輸出の汚職などに手を染めていた。そんな親共路線の政権が、また復活するかもしれないという、アメリカCIAの杞憂からの圧力で、もともと親米政権だったアンドレオッティ内閣は、モロ元首相を、見殺しにしたのだ。
ジュリオ・アンドレオッティ首相。親米路線だけでなく、マフィアとの関係も深く、ローマ法王ヨハネ・パウロ1世の暗殺未遂事件にも、マフィアを使って関与したと言われている。後の、ヨハネ・パウロ1世の死去に際しても、不審な点が多く、アンドレオッティ首相のマフィアを使っての関与が、噂されている。この他,アンドレオッティ首相は、殺人、汚職、国家背信などの多数のマフィア絡みの犯罪の訴追を受けていたが、いずれも自身の強大な、議会内、政府内での影響力を駆使して、20件近い訴訟の全てに、無罪を勝ち取っている。何しろ、彼の背後には、マフィアの影が見え隠れするから・・・・

今年(2013年)5月ジュリオ・アンドレオッティ前首相、ローマ自宅にて死去。94歳だった。
ローマ法王暗殺に関しては、F・コッポラが、これにインスパイアされて、「ゴッドファーザー・パートⅢ」を、作っている。
アンドレオッティ首相の犯罪に関する、伊映画「魔王と呼ばれた男」は、カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞している。
アンドリュー・マッカーシーは、今もハリウッドや、オフ・ブロードウェイで活躍中。
シャロン・ストーンは、この映画のあと、P・バーホーベン監督の「ガラスの微笑」に出演。その美しいヌードと、大胆な演技で世界的に大ブレークした。
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