クリスマスが近づくこの時期、いつも思い起こすのは自分が、かっては、ジョン・レノンの信奉者だったことだ。彼のLPレコードのアルバムは、最後のソロアルバム「ダブル・ファンタジー」以外は、すべて所有していた。中でも、一番よく聴きこんだのは、ファーストアルバムで自身の名前をアルバムタイトルとした邦題「ジョンの魂」というアルバムだった。アルバムジャケットの表には、同時発売だった小野洋子のLPアルバム、「ヨーコの心」と同じ、二人がどこかの大木の根元に寄りかかり、寝そべってくつろいでいるシーンの写真が使われていた。裏には、幼い頃のジョンの、タブロイド判ふうの、モノクロ写真が使われていた。
中には、当時としてはめずらしい紙製の質素なレコードの内袋が使われており、そこにはジョン・レノンの自筆の歌詞がぎっしりと印刷されていて、最後の行には、彼のサインが記されていた。
レコード針を落とすと、最初に聴こえてくるのは、大きく重く鳴り響く鐘の音である。まるで、ハマー・プロ製のドラキュラ映画にでてきそうな、鐘の音である。実際、ジョンは、後のインタビュー集「レノン・リメンバー(邦題:ビートルズ革命)」において、テレビで見たクリストファー・リー主演のドラキュラ映画の鐘の音に似せたと,述懐している。鐘の音の後、すぐに最初の曲「マザー」が、ジョンのシャウトする歌声で始まる。
母さん、あなたには僕がいた。
けれど、僕には、あなたはいなかった。
ジョン・レノンの少年期を、本やその他の媒体で伝え聞いて知っているほとんどの人は、この最初の2行で、心打たれるのではないだろうか。ここでもう、聴く人は、完全にジョン・レノンの音の世界に、引きずり込まれていく。「マザー」は、この後父親、子供たち、と連濤が続き、最後に、
母さん、行かないで。
父さん、帰ってきて。
と、ジョンの悲痛な叫びで、この歌は終わる。
このレコードは、全11曲の楽曲によって構成されている。中には、シンプルな愛の名曲「ラブ」や、ポール・マッカートニーに対する当時のジョンの姿勢が窺われる「ウェル・ウェル・ウェル」、世界や世の中に向けた、ジョンらしい警句に満ちた、「リメンバー」「労働者階級の英雄」といった楽曲などが含まれている。最後の11曲目は、演奏時のまま、なんの加工もされていないサウンドのままで、子供がうたうような悲しい楽調の1分足らずのこの歌で、アルバムは終わる。
僕の母さん、死んでしまった。
誰にも看取られずに、僕の母さん死んでしまった。
34年前の12月8日に、ジョン・レノンは、非業の死を遂げた。その日の夜、僕は、結婚したばかりの妻と二人でテレビを見ている時に、ジョン・レノンがニューヨークの自宅近くの路上で、銃撃されたことを、速報のテロップで知った。出たばかりの、ジョンのアルバム「ダブル・ファンタジー」を、買おうかどうか迷っていて、決めかねていた頃だったので、ひどく驚き、大変ショックだったのを、覚えている。 その数時間後には、今度もテレビに速報のテロップが流れ、彼の死を告げていた。ひとつの時代が、過ぎ去ったような思いが、僕にはした。ジョン・レノンの最後のアルバム「ダブル・ファンタジー」は、遂に買わなかった。
ジョン・レノン射殺現場近く、彼が当時、小野洋子と住んでいたダコタハウス。
犯人の、マーク・チャップマンは第2級殺人の罪により、終身刑の判決を受け、現在ニューヨーク州バッファロー近くのアッティカ州刑務所に収監中である。模範囚である彼は、今年、2q14年の8月に、8度目の仮釈放申請を行ったが、当局より却下されている。理由は、改悛の情が伺われないこと、もし保釈すれば、ジョン・レノンの遺族への報復の可能性があること、逆に世界中のジョン・レノン信奉者の報復の攻撃にさらされる恐れがあることなどである。