思いつくまま感じるまま。

身辺雑記です。
何でもありの記録
HN天道(てんとう)

思い・考え方

2007年04月13日 | Weblog
人の行動はその人の思い・考え方を理解すると納得できるものがある。

女房も一つの考え方を持っている。
「私は不器用だから何でも人の2倍やらないと人並みにならないのよね、だから3倍の努力が必要なのよ」
ふむ、言ってる通りの行動をしてるな、と思う。
但し家事にはその思い入れはないように思う。

社交ダンスを始めて半年になる女性。
殆ど欠席しないが、上達は遅々として望めない感じ。
しかし彼女は言う。
「私が駄目なのは見てても分るでしょ、でも絶対に続ける。わたしこれまでは何をやっても中途半端で何の能力もないし、何一つやり遂げたことがない。ダンスも今日は休んじゃおうと思うこともある。多分そうしたらダンスも駄目になると思う。
だから何を言われてもやり遂げようと思ってる。何年かかっても。そうしないと自分は何をやっても駄目で一生終わりそうに思うから」
多分彼女は殆ど運動をしたことがないんだろうなと思うほど運動神経は鈍そうだ。
しかし、彼女のその思いには敬意を払い感服している。
何をやっても駄目と言う自らの烙印が逆の原動力になることもあるんだ、と思う。

かく言う私は器用貧乏と言うやつで、悪く言えば惨めでさえある。
「惨め」の感情は劣等感と優越感の複合体だ。
(これは蛇足)

佐渡旅行6

2007年04月13日 | Weblog
友達に佐渡に行くといったら
「あ、たらい舟知ってる」
と言われた。

たらい舟といえば佐渡を連想するくらい佐渡との結びつきがあるらしい。
勿論乗りましたよ、小木港の近くで。
4,5人は乗っても大丈夫なほど大きなたらいの形をした船です。
近場の海で簡単な漁が出来るように開発された伝統的な小船のようです。
観光の漕ぎ手はすべて女性です。
1本の櫂で漕ぎます。

私は子供の頃港町で育ちましたので櫂も艪も操れます。
小船で親父とよく川を下って海辺の浅瀬に碇をおろしてつりをした記憶があります。
船を持っていたわけではなく釣りが好きな親父の友人の小船を借りたものです。

いささか腕に自信がありましたので私も漕がせてもらいました。
ところが漕ぎ方が全く逆なのです。
普通櫂や艪は船の船尾に備えてあり船を水で押していくように漕ぐのですが、たらい舟の櫂は進む方向の前方に備え付けてあり、船を引っ張っていくように漕ぐのです。

へえ、こんな漕ぎ方もあるんだと感心しました、新発見です。
従って水を引き入れるように漕ぐ必要があるのです。
進む方向を向いて櫂を操るのは理にかなっているのかもしれません。
理屈は納得しましたが、かつて漕いだ力の入れ方とは逆なので流石にうまくは進みませんでした。

でも
「ご主人は心得がありますね」
と褒められたようなお世辞を言われたような。
何となく気分を良くして船を下りました。