湯西川日記

fbやツイッターで一年サボりましたが、やっぱりブログです。2016年から復活します。ツイッターの長い版みたいな感じです。

母校

2006-08-12 16:50:46 | 学習
たまたまネットで母校(高校)のサイトやらなんやらみたら驚いた。

「70分授業、週例テスト、基礎補習」、「長期休暇(春休み・夏休み・冬休み)は大幅短縮」、「夏休みは○○山で10日間の合宿特訓、脱走者脱落者なし」・・・。まじすか。

ワシがいたころは、みんなバイクで通学し、授業も出席欠席自由のスーパーフリーハイスクールだったちゅうのに。そりゃまあ、あれから四半世紀経っとるからねえ。(3ない運動というのがあって、バイクは禁じられていたが、センセーは見てみぬふりだった)

明治年間創立の母校は、某巨大神社の隣地にあり、緑に囲まれ環境は抜群に良かった。なにより校則がなく自由で楽しかった。この年になってもなお携帯にメールが飛んでくる友人たちに囲まれ、ワシのお笑いの素地はあそこで養われたものだったのだ。なんかの拍子で別の学校行って、勉強やら校則やら押し付けられていたら、おそらく人間性も変わっていたことだろう。もっとえらくなっていたかもしれないけど。

勉強熱心なのはいいけど、いまも母校のよさが失われていないことを祈るばかりである。


御巣鷹の夏の思い出

2006-08-12 07:42:19 | 学習
8月12日は日航機ジャンボ機墜落事故の日である。早いもので21年。あの夏は忘れられない。

当時、私は大学生で、軽井沢千ヶ滝の某大手商社寮に住み込みでバイトしていた。このときの仕事のしんどかったこと。

朝5時に起こされ、朝飯の用意をして、一部弁当をこしらえ、ひと段落着くと、15近い部屋を回ってふとんを片付け、シーツを取り替え、掃除をする。これで、すでに午前中が終わる。バイトはひとりだけ。寮の40代後半の住み込み夫婦にこきつかわれた。

昼に夕べの残りのマグロの刺身で飯を食う。ひるめしの後、4時まで自由時間だ。当初は観光なんかして、いい気分だったが、1週間もたつと、疲れがたまり、外出する元気もなくなる。

午後4時になると、中軽井沢のジャスコに買出しに出かけ、晩飯の用意をする。まかない飯も食うが、ほとんど毎日がマグロの刺身である。真剣に壊血病の心配をしたものである。

晩御飯の片付けが終わるのが午後10時過ぎ。風呂に入った後、風呂掃除もさせられた。1日のしめくくりは、お風呂を抜いた後の毛、陰毛の除去だ。この時間になると、疲れもピークに達する。そして、このままぐったり寝れたらよいが、そうはいかなかった。なんと、この後、住み込み夫婦の晩酌に1時間近く、つき合わされるのだ。

このときのハードさに比べたら、今の仕事なぞ屁みたいなものである。そんな生活が1ヶ月も続き、そろそろ脳に変調を起こすか、というころ、日航機事故が起きた。その日もマグロの刺身を食いながら、あまりの大事故に仕事を忘れ、おばちゃんにしばかれながら、木村太郎キャスターの司会するNHKの特別番組を食い入るように見入っていた。

(後半に続く)