向田邦子の小説に出てくる、大正から昭和にかけてのビジネスマンに憧れたものである。登場人物の中間管理職の男性は、今の時期、アイロンを十二分にかけた白の麻のスーツを着こなす。背広と扇子が妙に釣り合ふのである。横溝正史の映画を思い出してもよい。
最近はクールビズが大流行りであるが、あの頃のビジネスマンは、職場にクーラーもないものだから、ごく自然に、しかも見た目にも恥ずかしくない、季節に応じた夏季の装いをこなしていた。白麻の背広の下は、ネクタイをする時もあれば、綿の開襟シャツであったりもする。
かたや、現代の官庁主導のあのだらしのない弱冷房対応服装は、デパートや服飾メーカーの販売戦略にまんまと乗つたようでどうにも賛成できない。なんでもノーネクタイであればよひといふものでもないだろう。公衆に詫びねばならなひ場面では当然ネクタイを締めて謝らねばならないのではないのか。
着物社会の江戸時代からわずか二百年の歴史しかないのであるなら、高温多湿のわがくにの風土に応じた背広との付き合ひ加減なるものが、そのなかで不合理ながらも着実に育まれてきたはずである。その歴史はどこへ行ったのであろうか。暑いから無礼講でもいいぢゃないかといふわけでもあるまい。