かつての北関東の名手、現在はさすらいの3000勝ジョッキー、Mr.Pinkこと内田利雄ジョッキーが、今度はなんと!マカオで騎乗とか。
いやはや、さすがと言うべきでしょうか?
携帯サイトの自らのコーナーで、
”金太マカオへ着く・・・”
”きんたまかおにつく・・・?”
と、かつてのツボイノリオの名曲?の中の迷言?を残して彼は去って行きました。。。
いやはやなんと言うべきか・・・・・。(笑)
彼のその明るいキャラ。。。
一転して、一流の腕前とその生き様。
私は大好きですね。
いっぱしに人生、先が少しでも見えてくるような歳になってしまうと、ボヘミアンへの憧れは誰しも少しは持っているもの。
しかしながらそれを自らただ一度の人生で実行できる人間は少ないでしょう。
誰しも守るべきものが多くなってくると、そうは易々と放浪の旅。。。とはいきません。
それにしても、よほどの”自信”とジョッキーとしての”確かな腕”がなければできないことですよね。
まさに”その腕ひとつで、、、”みたいな職人稼業をしているということ。
信頼がなければ誰も雇ってくれません。
独立独歩というのは、口で言うほど楽ではないでしょう。
それをあの明るいキャラでそんな雰囲気を微塵たりとも感じさせないMr.Pink。
彼は、相当の人生のツワモノなのでしょうね。
ただ。。。ちょっとピンクなオヤジギャグが多いので、人によっては好き嫌いの分かれるキャラかも?(笑)
そういえばこの前部屋の大掃除を敢行したら、懐かしいモノが出てきました。
千葉時代の南関東の競馬専門紙、、、なんとほとんど全て段ボール箱にドカンと保管してあるのですが(笑)、その中にその頃旅打ちで訪れた北関東(宇都宮、高崎)の新聞が出てきたのです。
自分でもそこまでは覚えになかったので、ちょっとビックリしました。
確か、宇都宮の専門紙は「青競」と「赤競」で、高崎は「青競」と「アカギ競馬」と記憶していたのですが、そのまま4種類とも出てきました。
なぜ全種類の新聞があるかといえば、一回ではなく何度か行ったからです。
もちろん、騎手の中には”Mr.Pink”や現在浦和で活躍中の”水野貴史”ジョッキーの名前もありました。
そして、現在グリーンチャンネルで放映中の”Odds On TV”でコーナーを持っている赤見千尋さんの名前もあります。
なつかしい記憶が少し蘇ってきましたね。
高崎へ行ったときは、なんかいつも夏場でやたらと暑かった記憶があります。
そして、一番最後に北関東競馬に行ったのが、宇都宮で行なわれた最後の年の「とちぎマロニエカップ(GⅢ)」。
その年、宇都宮競馬の年内廃止が決定して最後の北関東の大一番。。。ということで仕事を無理やり休みにして観戦しに行った記憶があります。
このときは、も~う、寒かったです!
それにしても「青競」の注目馬の記事に、”タイガロータリー”号が載っているあたりに時代を感じますね。
この日のことは私の中では、まだ記憶に新しい感じで残っているはず。。。だったのですが、いやはや覚えているのは堅いと思ってドカンと入れたレースが、”ノボトゥルー→バンブーボカ→シーキングザダイヤ”で入って大荒れの結末で大損し帰りの電車賃の心配をしたことくらい。。。であることに今ようやく気付きました。
なんてったって、
そのレースに名古屋の岡部ジョッキーが出ていたなんて、これっぽっちも覚えていませんでしたから。(笑)
なんと言ってもその頃は、名古屋出身でありながら、自分が名古屋に帰ることになるなんて全く頭の中に無かった時代ですから、当然名古屋競馬の馬のことなんて全く興味が無かったということでしょうね。
”ああ、またどうせ勝てない馬で来てるんだろうなー。もったいない。”
なんて失礼なことを私は考えていたに違いありません。
ホント、失礼ながらそんなレベルでしか名古屋競馬のことをみていませんでしたから。
今となっては考えられないですね。
私が、名古屋の馬をこれだけ”応援”するようになるとは。。。
全くもって、人生、一寸先は本当に分からないものです。。。
それにしても、この”ピュアルネッサンス”号ってどんな馬だったの?(恥)
今度調べとこう。。。
それでは、また。