つらねのため息

写真や少し長い文章を掲載していく予定。

備忘録

2006-02-27 00:00:00 | 過去ログ転載
研究者を志望するものとして常に心にとどめておかねばいけないと思っていることがある。はじめて、世の中に対して感じた矛盾、政治学を志したときに目指していたもの、そういういわば「初心」を忘れないようにしなければいけないと思ってきた。「初心忘るべからず」。だからそういうものを与えてくれた人やものを大事にして生きて行こうと思ってきた。

でも、それだけではあまりに過去に向きすぎなのかもしれない。苦沙弥先生によれば「自説が変わらないのは発達しない証拠」である。自分が今日まで生きてきたことと同じように今を生き、明日を生きる必要がある。自分のルーツを大切にしながらも、「今」と「明日」の変化についていかねばならないだろう。E.H.カーのいうように歴史が「現在と過去との絶えざる対話」であるならば、自分史もまた今の自分と自分が背負ってきた様々なものとの対話の中で紡ぎ出されていくものだ。

問題を矮小化するな!

2006-02-20 23:02:40 | 日本のこと
衆院予算委:「武部氏二男に3000万円、堀江被告がメールで指示」--民主が指摘(毎日新聞)

3000万が渡ったか、ガセネタかともめていますが、
どうも、永田議員の勇み足のような気がする。

武部さんも妙に元気がなかったし
後ろ暗いところがあるのかもしれないけど、
どうも民主党も核心のところまでは
握れていないような気がしてならない。

ただ、問題はそこではない。
今国会、BLTだの四点セットだのと
野党が結構頑張っているようだけど
どうも、追求の方向性が間違っているのではないだろうか。
耐震偽装の問題にしても焦点は
伊藤公介・元国土庁長官とヒューザーの関係に
移ってきているし、Livedoorの問題も、
この3000万ばかりがクローズアップされている。

でも、問題はそこじゃないだろう。
国会っていうのは本来政策を議論するところであって
醜聞を追求するところではない。
もちろん、癒着があったとすればそれは問題なのだけど、
それは第一に司法が追及することだろう。

国会がやるべきなのは、
小泉構造改革なるものが
どのようなものであり、
それが本当に正しいものであったのか
ということの検証であるはずだ。

耐震偽装にしてもLivedoorにしても
明らかに新自由主義的改革の結果であって
それについて真摯な政策論争を行なえば
小泉構造改革の負の側面を抉り出せたはずである。

小泉首相の格差を容認したかのような発言なんかを
追求すれば、野党にとってもっと大きな果実を得られたはずだ。

追求の対象を癒着のような問題に絞れば、
確かにセンセーショナルだが、
それは同時に有権者の目を結果的に
問題の本質、これらの事件の構造的要因から
そらしてしまうことになりかねない。

そんなことではいつまでたっても
与党と野党との間の対立軸なんてできっこないし
民主党は派手な追及をするだけの
万年野党であり続けるだろう。

民主党の今国会の戦略は結果的に
小泉劇場を裏から支えていると
ぼくには思えてしょうがないのだが。