いよいよ衆議院が解散しました。あと一月ほどで総選挙です。問題のマニフェストはどうやら用語として定着したようなので、まずは民主党が一本とったということでしょうか(「マニフェスト解散」っていう言葉の意味がいまいち分かりませんが)。
それにしても最近の民主党はいまいちよくわからないという人も多いのでは。旧社会党系の議員をかかえながら有事法に賛成し、経済政策は新自由主義に近く、憲法に関しても「創憲」などといって曖昧な立場に終始しています。もちろん党内に核武装論者までいる政党だからと考えれば自然ですが、ではなぜそんな曖昧な政党が存在しているのか、そこを考えてみるべきでしょう。
ヨーロッパと比較しながら考えてみます。ヨーロッパ各国においては1970年代までに国防の概念や基本的な資本主義体制を受け入れることによって社会民主主義政権が成立していきます。しかし日本社会党は様々な試みがありながらも結局そのような方針転換を行うことがありませんでした。80年代にはいるとヨーロッパでは福祉国家の財政危機が叫ばれるようになり、各国で新自由主義的経済政策を奉じた保守政党が政権に復帰します(サッチャーはその典型)。これは各国の左派政党にも影響を与え、グローバリゼーションの下での新自由主義を受け入れた上でそれを乗り越えようとする「第三の道」が模索されます。90年代にはいるとこのあらたな方針の下、各国で社民政権が成立するのです。
日本政治にはこのような左右の政権交代が起きなかったため、利権化した福祉国家体制を維持しようとする「保守」政党と新自由主義的な「改革」を主張する「左派」政党というねじれた政治空間ができあがったのです。イデオロギー的に幅のある民主党が存在できるのもこのねじれのためです。新自由主義を掲げる小泉政権の出現(とその下での今回の選挙)はこのような政治空間を揺るがしさらなる政界再編を誘発するのでは、と期待しているのですが。