『シオンの議定書』第十六議定書注釈
<三浦朱門氏>
【第十六議定書注釈開始】ここからは、第十六議定書(下記転載文書)の注釈に入る。
特にこの議定では、教育問題について語られている。教育によって、大多数の人間は方向性が決まるからである。中でも一般教育と英才教育の魂胆が透けて見える。一般教育とは、統治されるにふさわしい従順な人間を教育により創り出すことを目的としている。それは、真実を教育に盛り込むことではなく、計算され、選別された情報、思考を停止する実物教育、統治に都合のいい徳育、倫理社会教育。何か、現代の文科省の教育指導要綱のようでもある。
英才教育、別名、選民教育・差別教育である。日本の作家、第7代文化庁長官。教育課程審議会会長である三浦朱門氏は語る。
『(前略)学力低下は予測しうる不安と言うか、覚悟しながら教課審をやっとりました。いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんということです。つまり、出来んものはでっきんままで結構。戦後50年、落ちこぼれの底辺を上げることばかりに注いできた労力を、出来るものを限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼等が国を引っ張っていきます。限りなく出来ない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。……(中略)……今まで中以上の生徒を放置しすぎた。中以下なら”どうせ俺なんか”で済むところが、なまじ中以上は考える分だけキレてしまう。昨今の十七歳問題は、そういうことも原因なんです。(後略)』
言っておくが、17歳問題は創られた事件である。マインドコントロールは既に高度に実施されている。バージニア・コロンバン....サカキバラ.....。『三浦大先生』は知らないだけだ。
英才教育に隠された、奴等のもくろみを見逃すな。また、『世渡りがうまく出世第一主義』で要領のいいその手先も見極めなければならない。【注釈終了】
【転載開始】『シオンの議定書』第十六議定書
われわれ以外の結束力をすべて根絶するためには、集産主義の第一段階・・大学・・を、新しい方向で再教育して去勢するのである。職員や教授連を精密な秘密教育計画に従って再訓練するが、断じてその一部分たりとも免除することはない。彼らの任命には格段の注意を払い、一人の例外もなく政府が掌握して配置する。
われわれは全教育課程から政治と同様に法律も排除する。政治法律に関しては、予め許された者の中から、さらに卓越した人物を選び、数十人という少数の人物にのみ教える。大学はもはや、喜劇や悲劇を書くようなつもりで法案や計画をこね上げたり、父親たちでさえも理解できなかった政策問題にかかずらう青二才を世の中に送り出してはならない。
大多数の人間がもっている政治問題に関する頓珍漢な知識が、ユートピアを夢見る人間や不良市民を作るのである。諸氏は実際の大学教育がゴイムをこの方向に導いてきた実例をよく御存知であろう。われわれは彼らの教育の中に、完膚なきまでに彼らの秩序を破壊する原理を持ち込まなければならなかった。しかしながら、われわれが権力を掌握した時には、秩序破壊の種になるようなものはことごとく教育課程から駆逐し、青年を権威に従順な子供にし、平和安寧の希望として統治者を頼みの柱とするように育成するのである。
どんな形の歴史研究も皆そうであるが、範を過去に求める古典主義で行くと、良い例よりも悪い例の方が多いのであって、われわれはそれに代えるに未来研究をもってする。われわれは、われわれにとって好ましくない過去何世紀かの人類の記憶を一切消去し、ゴイム政府が犯した誤ちをことごとく叙述する。実際生活、秩序に対する義務、人民相互間の関係、悪を伝染する利己的な実例、その他教育の本質に関わる類似の問題の研究、これらが教育計画の最前線に置かれるだろう。その実施にあたっては職業ごと、あるいは生活状態によって別々にし、教育は決して画一的に行ってはならない。この処置は、特に重要である。
社会各層の教育は、それぞれの階層の本質と実際の仕事に応じて厳格に制限を加えなければならない。稀に天才的人物が出てうまくやって行くことがあったし、上の階層に滑り込むことが常であるが、このような極めて稀にしか出ない天才のために、生れや職業に特有であるべき階層に、その価値もない人間を入れてやるなどということは、愚行もはなはだしい。こんな目に余ることを許したゴイム社会はどうなったか、諸氏はよく御存知のはずである。
われわれは私学という私学をことごく廃止する。教育施設の中では、あたかもクラブのように、親たちとの集まりを持つことは許す。休日には、そういう集まりに教師が参加して、人間関係、見せしめの罰則、神の選民ではない者のいろいろな制約等々の問題、とどめには、まだ世界で明らかにされていない新たな哲学原理について、課外講義で読んで聞かせるだろう。その原理は、最終的にわれわれの信仰に従わせるための移行期の教理として、われわれが提起するのである。現在ならびに将来の行動計画を説明し終えたら、私は諸氏にその学説の原理をお話しする。
一言にして言えば、何世紀にもわたる経験に鑑みて、人間は思想に生き思想に導かれるものであり、思想というのは人間成長の各段階にふさわしい教育を初め、さまざまな手段によって人間に浸透するものであるから、思想の支配を受けない最後の火花を、われわれが押収し呑込み、自分自身のものとして利用するであろう。この、思考力を人間から切り離すということは、過去長い時間をかけて、われわれが導入してきた極めて有益な手段である。思考力を抑制する手段はすでに、いわゆる実物教育という方法で実行されている。この方法によりゴイムは、目に見えるものだけを頼りにして理解し、物を考えない従順な動物にさせられている……フランスでは、われわれの最良の代理人であるブルジョアジー諸氏が、すでに実物教育の新しい計画を実地に移している。【転載終了】
<戦争民営化:イラクのペルー人戦争請負契約社員></object>