僕は確実に自分の力で空を飛んだ記憶がある。
穏やかな春風の吹く陽気なある日、風に向かって上半身を前に傾け両腕をゆっくり広げると、ふんわりと足が地面から浮いた。
頭を風の方向に差し向け全身の力を抜くとさらに足は地面から離れ、私の体は風の中に漂った。
何も考えてはいけない、何も逆らってはいけない、ただ身体を風の中にすべてゆだねて、風の気まぐれに任せる。
気流に乗るとずいぶん高くを飛ぶことができる。
油断をすると落ちてしまう。
この浮くか沈むかの心の有り様が微妙である。
無我の境地でもない解脱でもないましてや精神統一でもない。
大きな自然のエネルギーを全身に浴びて自然と一体になる感覚である。
全身で感じたエネルギーを浮遊力に変えてゆく。
自分でもなぜ飛んでいるのか解らない。
とにかく結果として飛んでいるのである。
たぶん自然から飛ばされているんだろう。
ふわふわと漂う空間から地上を眺めるのは別の世界を見るようだ。
地上の細々した些細なことなどどうでもいい。
自分がもっと大きな宇宙の一部になっている。
さすがに私の力では宇宙までは飛んでいけない。
せいぜいこの街を見渡すくらいである。
しかし、行き交う人々は誰も私が飛んでいるのに気づいてはくれない。
知らぬ顔で通り過ぎてゆく。
ただ、小鳥や蝶々や虫たちは仲間になって私と一緒に楽しそうに飛んでくれる。
人間は自分の力で飛ぶことを知らずに、小鳥や蝶々や虫たちは自分の力で飛ぶことの喜びを知っている。
人間はいつから飛ぶことをやめたのだろうか。
また、自らの力で飛ぶことに挑戦することさえもやめたのだろうか。
人間は空を飛べるのに・・・。
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