6回の裏、繁は自分がどうやってマウンドまで行ったのか、よく憶えていない。それはまるでコンピューターにインプットされたプログラミング通りに、自分の体が自動的にその場所へと運ばれてきたみたいだった。要するに、自分の意思が薄くなってきていた。今度こそ繁は、誰かに指先だけで操られる、テレビゲームの登場人物になってしまいそうであった。
「……あかん、あかんがな! 何を考えてんねん俺は……。そ、そや、親父や! 親父……、親父、助けてくれ!」
落ち着きを全くなくしてしまった繁は、慌てて助けを求めるべく、バックネット裏に自らの視線を巡らせ、父を捜した。が、必死の思いで捜せど捜せど、父の姿は見つからなかった。
「なんでや親父……。どこや……、どこへ行ってしもうたんや……?」
屋根を打つ豪雨の音が、また一段と激しさを増した。そして父の姿を見つけるのを諦めた繁の視線は、恐らくその梅雨空とほぼ同じ色であろう、鈍色をしたドームの天井に釘付けとなった。
「プレイ!」
球審の甲高い声が、ドームの内部全体に木霊した。もうボールを投げるしかない。繁は仕方なく視線を天井から正面に落とし、キャッチャーの出すサインを覗き込む。するとキャッチャーは、インサイド低めの直球を要求している。繁の直球は、特に最近目覚しく速くなってきていると、チーム内ではもっぱらの評判であった。そして繁は、その評判だけを信じて、ゆっくりとモーションを起こし始めた。
サウスポーの繁が、ワインドアップから右足を上げ、体を一塁側にひねったその時、一瞬彼の視界に、思わぬ光景が入ってきた。一塁側ベンチの脇で腕を組んで立つ小林繁ピッチングコーチと、それをベンチすぐ横のスタンドの最前列で、顔をネットに押し当てて食い入るように覗き込んでいる父の姿があった。そのとき父の視線は、我が息子繁にではなく、父にとって憧れの神様繁様、小林繁コーチに注がれていたのであった。
(続く)
「……あかん、あかんがな! 何を考えてんねん俺は……。そ、そや、親父や! 親父……、親父、助けてくれ!」
落ち着きを全くなくしてしまった繁は、慌てて助けを求めるべく、バックネット裏に自らの視線を巡らせ、父を捜した。が、必死の思いで捜せど捜せど、父の姿は見つからなかった。
「なんでや親父……。どこや……、どこへ行ってしもうたんや……?」
屋根を打つ豪雨の音が、また一段と激しさを増した。そして父の姿を見つけるのを諦めた繁の視線は、恐らくその梅雨空とほぼ同じ色であろう、鈍色をしたドームの天井に釘付けとなった。
「プレイ!」
球審の甲高い声が、ドームの内部全体に木霊した。もうボールを投げるしかない。繁は仕方なく視線を天井から正面に落とし、キャッチャーの出すサインを覗き込む。するとキャッチャーは、インサイド低めの直球を要求している。繁の直球は、特に最近目覚しく速くなってきていると、チーム内ではもっぱらの評判であった。そして繁は、その評判だけを信じて、ゆっくりとモーションを起こし始めた。
サウスポーの繁が、ワインドアップから右足を上げ、体を一塁側にひねったその時、一瞬彼の視界に、思わぬ光景が入ってきた。一塁側ベンチの脇で腕を組んで立つ小林繁ピッチングコーチと、それをベンチすぐ横のスタンドの最前列で、顔をネットに押し当てて食い入るように覗き込んでいる父の姿があった。そのとき父の視線は、我が息子繁にではなく、父にとって憧れの神様繁様、小林繁コーチに注がれていたのであった。
(続く)