浩人は、大宅とも香川とも、やはり他の生徒達と同じく、言葉を交わしたことがなかった。それ故、彼らの性格は勿論、彼らの普段からの関係なども、全く知る由もなく、ましてや、今目の前で始まったこの喧嘩の原因や、どちらに分(ぶ)があるかなど、全くもって想像もつかなかった。知っていることといえば、背の高い方が大宅で、背の低い方が香川ということぐらいで、つまり浩人にとっては、どうでもいい奴らの、どうでもいい喧嘩に過ぎなかった。しかし浩人は、その二人の内の一人が、いつか自分の机を運んできてくれた奴であったということに、やがて気付いた。それが大宅だった。大宅は生徒会長をしていて、クラスでもリーダー格の優等生である。出席日数十日程度の浩人でさえ、背の高い低い以外にも、それくらいのことは知っていた。大宅は、それだけ存在感のある奴だった。教室に自分の席がなくて、途方に暮れて困っている留年生に、自ら率先して机を用意してくれる、そんな気の優しい奴だった。浩人にしてみれば、机を運んできてくれた大宅に、あの時、礼のひとつも言わなかった借りがある。だからといって喧嘩の助太刀ができるほど、体力も腕力も備えていない浩人であったが、それでもいつしか、心の中で大宅の方にエールを送っていた。
ふと我に返った浩人は、自分が軍鶏(しゃも)の格闘に興ずる見物客のように思えた。喧嘩は周りにいた連中が割って入り、ようやく治まった。他人事とは言え、終業式の後のこの騒動で、何か後味の悪い学期末となった。喧嘩が治められた後、大宅と香川の二人を横目で見ながら、浩人は教室を出た。その時、喧嘩を分けられた直後から、早々に大宅を無視するような態度をとった香川に較べて、どうもまだまだ憤懣(ふんまん)やるかたないといった大宅の形相は、浩人の脳裏に強く焼き付けられた。そしてその怒りに満ちた大宅の顔は、浩人が見た、大宅の最後の顔となった。
(続く)
ふと我に返った浩人は、自分が軍鶏(しゃも)の格闘に興ずる見物客のように思えた。喧嘩は周りにいた連中が割って入り、ようやく治まった。他人事とは言え、終業式の後のこの騒動で、何か後味の悪い学期末となった。喧嘩が治められた後、大宅と香川の二人を横目で見ながら、浩人は教室を出た。その時、喧嘩を分けられた直後から、早々に大宅を無視するような態度をとった香川に較べて、どうもまだまだ憤懣(ふんまん)やるかたないといった大宅の形相は、浩人の脳裏に強く焼き付けられた。そしてその怒りに満ちた大宅の顔は、浩人が見た、大宅の最後の顔となった。
(続く)