浩人は、先の白川先生の「すべては合点している」といった感じの面持ちを思い出し、考えた。ホームルーム以前に、先生は何人かの生徒に指示して、倉庫から机を運ばせたのか? いや、浩人が久しぶりに登校してきたことを、先生は知らなかったはずだ。すると生徒の誰かが、浩人の登校を、事前に職員室の白川先生に知らせていたことになる。
一人の男子が「あとは俺にまかせろ」といわんばかりに机を持ち上げると、周りの何人かが自分の机を動かし、彼に広く通路を開けた。教室の中ほどには、いつの間にか、浩人が座るべきスペースが空けられていて、彼らは運んできた机と椅子をそこに置いた。彼らはほとんど無言であったが、浩人もまた、無言であった。自分の的外れな想像に恥ずかしいやら、彼らに申し訳ないやら、そんなことばかりが頭の中を巡り、「ありがとう」の言葉も、口に出せなくなっていた。
すぐに数学の里村治(さとむらおさむ)先生が来て、一時限目の授業が始まった。が、しかし、彼らが用意してくれた座席は、浩人が先に仮に座っていた誰かの席よりも、なおさら座り心地の悪いものになってしまっていた。その原因は誰のせいでもなく、浩人自身の、様々な反省や後悔によるものである。
数学の授業が終わると、浩人はそそくさと学校を後に、自宅へと帰ってしまった。その帰り道、教科書の詰まった手提げカバンの重みは、それまで浩人が自分の腕に感じたことのない、重みであった。
その年の一学期、浩人の出席日数は、ほんの十日ほど。だが周りの心配をよそに、本人は余り気にしていなかった。去年の一学期は充分に出席していたからである。浩人にとって中学三年生は、二年間あった。まるで大学か何かの、単位制のように思っていた。二回も同じことを繰り返さなくてもいい。だから今年の一学期はそんなに学校に行かなくてもいいと思っていたし、だから修学旅行にも行かなかった。
でも本心は、全く気になっていなかったわけでもない。むしろ浩人本人が一番悩んでいた。去年の分で出席日数は充分だから、今年は欠席していていい。そんな自分勝手な道理が、通るはずがないことも分かっていた。分かっていても、学校に行けない自分を、どうすることもできない。勝手な道理は、そういう葛藤の中から生まれてきた。またそう思うことで、浩人は、自分自身の不安を落ち着かせようとしていた。十日ほどという申し訳程度の出席日数も、浩人なりの、精一杯の努力の結果であった。そして浩人は、二学期こそが正念場であることも、充分に理解していた。が、その具体的な対策までには考えが及ばぬまま、一学期の終業式を迎えた。
(続く)
一人の男子が「あとは俺にまかせろ」といわんばかりに机を持ち上げると、周りの何人かが自分の机を動かし、彼に広く通路を開けた。教室の中ほどには、いつの間にか、浩人が座るべきスペースが空けられていて、彼らは運んできた机と椅子をそこに置いた。彼らはほとんど無言であったが、浩人もまた、無言であった。自分の的外れな想像に恥ずかしいやら、彼らに申し訳ないやら、そんなことばかりが頭の中を巡り、「ありがとう」の言葉も、口に出せなくなっていた。
すぐに数学の里村治(さとむらおさむ)先生が来て、一時限目の授業が始まった。が、しかし、彼らが用意してくれた座席は、浩人が先に仮に座っていた誰かの席よりも、なおさら座り心地の悪いものになってしまっていた。その原因は誰のせいでもなく、浩人自身の、様々な反省や後悔によるものである。
数学の授業が終わると、浩人はそそくさと学校を後に、自宅へと帰ってしまった。その帰り道、教科書の詰まった手提げカバンの重みは、それまで浩人が自分の腕に感じたことのない、重みであった。
その年の一学期、浩人の出席日数は、ほんの十日ほど。だが周りの心配をよそに、本人は余り気にしていなかった。去年の一学期は充分に出席していたからである。浩人にとって中学三年生は、二年間あった。まるで大学か何かの、単位制のように思っていた。二回も同じことを繰り返さなくてもいい。だから今年の一学期はそんなに学校に行かなくてもいいと思っていたし、だから修学旅行にも行かなかった。
でも本心は、全く気になっていなかったわけでもない。むしろ浩人本人が一番悩んでいた。去年の分で出席日数は充分だから、今年は欠席していていい。そんな自分勝手な道理が、通るはずがないことも分かっていた。分かっていても、学校に行けない自分を、どうすることもできない。勝手な道理は、そういう葛藤の中から生まれてきた。またそう思うことで、浩人は、自分自身の不安を落ち着かせようとしていた。十日ほどという申し訳程度の出席日数も、浩人なりの、精一杯の努力の結果であった。そして浩人は、二学期こそが正念場であることも、充分に理解していた。が、その具体的な対策までには考えが及ばぬまま、一学期の終業式を迎えた。
(続く)