街の大きな郵便局に勤めている浩人の父、長保(ながやす)は五十九歳。来年で勤続四十年を迎える。朝八時過ぎに家を出て、夕方六時過ぎには帰宅する。真面目で実直な、仕事の虫である。この親方日の丸思考の強い父親は、やはり大のNHK好きであった。よって浩人が自由にテレビを見られるのは、六時過ぎまで。その後のチャンネル権は、暗黙の了解の内に長保のものとなる。たとえ浩人が、他に観たい番組があっても、いつも泣きの涙で長保に譲らねばならなかった。長保は子供を怒鳴りつけたり、殴ったりはしない。むしろ普段家では無口で、それがかえって大きな威厳を形づけ、浩人はこれに太刀打ちできずにいた。
ちなみに触れておけば、浩人は漫画以外の本をほとんど読まない。視野が広いというのか、注意力散漫というのか? いやに五感に敏感なところがあり、本を読んでいても、同時に周りの動きや音などにも、すぐに気が向いてしまう。そうなると本の内容がぼやけて、理解できなくなるのはおろか、場合によっては目の前に見えるものすべてがぼやけ、丁度目が廻ったのと同じ状態になり、気分が悪くなることさえあった。要するに神経質なのである。学校というところは、教科書を読みながらノートをとり、先生の話を聞く。周りの生徒も気になるし、窓の外の景色や天候の変化……と、考えるだけでも、疲労困憊(こんぱい)してしまう。なるほど浩人の学校嫌いの要因は、こういうところにあったのかもしれない。
その点テレビは、ブラウン管という四角い枠を観ているだけでよく、楽だった。だが、さすがに長保に気をつかいながら観るのは苦痛だったから、敢えて争うのは避け、大概は泣く泣く身を引いていた。
チャンネル争いは、もっぱら兄の仕事だった。浩人より六歳上の兄、満保(みつやす)は負けん気が強い性格の持ち主で、街の小学校から転校してきていじめに遭った際にも、やられたらやり返すという信念で、常に敵に討ち勝ってきた。病弱で気弱な弟からみれば、まるで喧嘩のプロみたいな男である。満保は父親に対しても、そう簡単には引き下がらなかった。
(続く)
ちなみに触れておけば、浩人は漫画以外の本をほとんど読まない。視野が広いというのか、注意力散漫というのか? いやに五感に敏感なところがあり、本を読んでいても、同時に周りの動きや音などにも、すぐに気が向いてしまう。そうなると本の内容がぼやけて、理解できなくなるのはおろか、場合によっては目の前に見えるものすべてがぼやけ、丁度目が廻ったのと同じ状態になり、気分が悪くなることさえあった。要するに神経質なのである。学校というところは、教科書を読みながらノートをとり、先生の話を聞く。周りの生徒も気になるし、窓の外の景色や天候の変化……と、考えるだけでも、疲労困憊(こんぱい)してしまう。なるほど浩人の学校嫌いの要因は、こういうところにあったのかもしれない。
その点テレビは、ブラウン管という四角い枠を観ているだけでよく、楽だった。だが、さすがに長保に気をつかいながら観るのは苦痛だったから、敢えて争うのは避け、大概は泣く泣く身を引いていた。
チャンネル争いは、もっぱら兄の仕事だった。浩人より六歳上の兄、満保(みつやす)は負けん気が強い性格の持ち主で、街の小学校から転校してきていじめに遭った際にも、やられたらやり返すという信念で、常に敵に討ち勝ってきた。病弱で気弱な弟からみれば、まるで喧嘩のプロみたいな男である。満保は父親に対しても、そう簡単には引き下がらなかった。
(続く)