うろこ玉絵日記

日々のなにげない一こまを絵日記にしてみました。大阪に近い奈良県在住です。
マウスでかいてまーす。

稲刈り前のヒエ刈り

2011-09-24 | Weblog
息子(10)がかきました~。


今日は「ヒエ取りトリオ」(夫、息子、わたし)+息子の親友の4人で田んぼに繰り出し
稲刈り前の最後の雑草刈りに精をだしました。

娘は部活。ぶかつぶかつぶかつ。



草刈りは、ひとりでやると、途方もない。
二人でやると元気がでてくる。
多ければ多いほどいいね。
手作業の力はすごいのだ。


今日は二人も子どもを使ってだねー、
刈り取ったヒエを子どもの背負ったバケツに入れると
子どもたちが運搬し所定の場所に投棄、
再びもとの田んぼに戻ってきてくれるという
夢のような作戦を遂行したのでした。

これ自分だけでやると、片手に思い切り成長したヒエの束を抱えつつ
片手で鎌で刈り取り、
足元の悪い地面を往復してヒエを田んぼの外に出すという、大変難儀な作業になるのです。


先週は、「これ終わらないかも・・・」とこわくなるような膨大なヒエでしたが
今日はすっきり、稲穂しか見えない田んぼがなんとか出現しました・・・。
よくやった。こどもたちもえらい。



再来週はいよいよ稲刈り。





小田原午後4じ

2011-09-22 | Weblog
うちから見える山は現在こんなかんじです。大粒の雨。

さっきまでしんどい暑さで、すっごく晴れていたのにねー。



我が家の遭遇した昨夜の台風は、去年の近所の川の氾濫に比べたらとてもいいほうで、
停電にもならず、避難勧告もだされませんでした。

それでも玄関の引き戸は割れそうになるほど風を受け、
ガラスのすき間から雨が吹き込みました。

トイレの窓からも水が沁み、壁がやわらかーくなりました。

どんな家じゃ!



飼っているネコは「にゃー」「にゃー」と外で哀れっぽく鳴くくせに
玄関をあけると何故かダダダっと逃げる。あほ~!
夜中にこっそり帰ってきたらしく、押し入れで寝てたし。

飼っている金魚は何故か一匹、水から飛び出し、朝発見されました。
はやく気付いてあげればよかった・・・。

田んぼの稲と畑の野菜たちは、ぶじでした。




訪問介護で伺った先の家は、海の近くで、夜中2時まで停電で
老夫婦二人で夕飯にカステラをかじり、避難してといわれても、無理!と思いながら
暗闇でラジオを聞いていたそう。

こういった家庭の心細さを、普段元気なわたしたちは、なかなか気付かない。



まだ警報でてるし、停電や通行止めなど余波は続いていますね。
今夜は職場で会議なので、うちの家族の夕飯の支度してまた出なおすのですが・・・。
やんでくれないかなー・・・!!!











わたしは行けなかったけど・・・・。

2011-09-19 | Weblog

きょうはわたしの友だちは、ほいさんを始め
6~7人くらいかな~、明治公園での脱原発の集会に行きました。
一番遠い友だちは、北海道からだよ。


みなさん暑い中おつかれさまでした!
小田原からエールを送りつつ、生中継みていました。
6万人なんてすごいね。


今夜はおいしいビールのんで、ぐっすり眠ってくださいね。





JOY

2011-09-18 | Weblog
そのとき、鉛色の地の底に落ちていた文字をひろいあつめたら
JOYのことばになりました。





何度かここに書いてますが・・・読んでくれたら幸いです。
自分の気持ちの整理として書きます。
毎年秋になると、娘が難病を患ってあちこち病院を転々としていたことを思いだします。
だから秋は、好きだけど、胸が苦しくなる季節なのです。今娘はいたって元気だけどね。


もうあの頃から8年経ちました。5歳の頃です。




はじめはなかなか自分の身内がそんな病にかかっているとは信じられず
いろいろ知恵をめぐらす娘のことだから、と疑ってかかり
腰が痛いとか、歩けない、と言った訴えを、成長期の反抗と勝手に判断していました。
いま思うと、ひどい母親だったとおもいます。



3軒目に訪れた大学病院でやっと、その病気の治療を専門にしているお医者にたどりつき
10万人に1人とも、20万人に1人とも言われ、即日入院が決まりました。




わたしの動きが遅かったせいで、病はかなり進行していました。
ランゲルハンス細胞組織球症といって、
原因不明の慢性進行性全身性疾患なんだそうです。
腰椎と大腿骨と、頭蓋骨が溶けたようになっていました。


5歳の子どもが親元から離れて数か月入院という出来事に加えて
抗がん剤治療というプランを示されました。
一人でお泊まりすらしたことないのに!

病院に近い都内の母の家に、わたしと息子は二人で厄介になり
息子は母に預け、毎日山手線を半周して、病院に通いました。
夫は週末をのぞいてはその間自炊して小田原にいました。




どんな治療よりも辛かったのは、わたしと娘の気持ちがある時期、分かり合えなかったことです。

痛い注射や、苦い薬、いやな先生の診察をどんなに泣いて拒んでも
いつでも自分を守ってくれたはずの母親は、いまお医者さんの側についている。
お医者さんと一緒になってわたしを押さえつけている。
そう悟った5歳の子どもは、わたしにもすーっと心を閉じるようになりました。

わたしの言葉がたりなかったのかもしれない。
自分の気持ちをしっかりさせるのに精いっぱいで、娘を力づけてあげられなかったかもしれない。



処置室に向かう直前の、眼の輝きを急速に失っていく娘の表情は、今も忘れられません。



娘へのすまない気持ち。
医師へ看護師へ、常に神経を張り巡らす緊張。
親族からのわたしへの叱責。
甘えたいのを我慢させてる息子へのまた申し訳ない気持ち。


月経がとまり、日がな耳鳴りと頭痛に襲われたそんなぐるぐるの暗黒の世界の地の底で
なぜか心にさん然と光っていたのは

“JOY”の文字でした。


「喜び」ですか?
なんで英語!?と自分でも不思議でしたが
JOY。

その単語が、いつでもわたしの中にいてくれたのでした。





どんな状況でも、生きることってすごいことなんだよ。
すてきだよ。
周りと比べる事ないじゃん!
生きてるってだけでなんてハッピーなんだろ!!

そんなふうに、このJOYさんは、励ましてくれたのでした。



当時のメモには「幸せを比べない」と書いたはず。
それでも毎日目を泣き腫らしながら山手線に乗ってたんですが。

わっかりました!幸せは自分で決めるってわかりました!だから神さま!
どうか娘を治して!!!!



まいにちまいにち、呪文のように心で唱えてました。





秋になると思い出すことです。

読んでくださってありがとう。
今年の秋はいつもと違うんです。
だからね、当時、入院中はたくさんのキラキラしたすてきな子どもたちにたくさん会ったのです。
親たちよりも、看護師さんたちやお医者さんたちよりも、ずっとずっと人を元気づける
すばらしい子どもたちだったんです。

でも、こんないい子で健気で、でも痛い治療に耐えて暮らしてる子どもたちを
もう増やしちゃいけないと思うんです。



わたしたちはなんとか乗り越えたけど
でも、病気の子どもたちをゼッタイ増やしたくないんです。












もうちょい!

2011-09-15 | Weblog
毎晩うちのあかりに群がる虫たちを目当てに
貫禄あるのから、若くてお痩せのまで、さまざまな体型のアマガエルが窓に張り付きます。
今年はとくに多いです。
なんでだろ??



秋の虫の音も、すっかり耳になじんできました。


この暑さも、あともうちょいで終わる!しんどかったけど、よくがんばったぞ。


今年も我が家はクーラーなしですごしました。
8月分の電力は、186kwh。4399えん。

30Aだけど、20Aに落としたらもっと安くなるのかしら。
でも冬のほうが、部屋をいろいろ暖かくするために電力使うかも。お風呂も。





冬はあんなに、早くこの寒さが終わってほしいって願っていたのにねー。
今はコートやマフラーや鍋物の季節が恋しいです。

だから移ろいやすく忘れっぽい民族だとかいわれちゃうのかな?




でもこの原発の事故、何万年も、いいえ、ずっとずっと恐ろしさを忘れてはいけないもの。
忘れないで、ぜったい核にはNOだぞ~!と自分に言い聞かせて、と。










ameame

2011-09-05 | Weblog

こどもたち、おかあさんはすっかり雨がこわくなってしまったよ


ほうしゃのうはふくまれているし
こんなはげしいふりかたで、たくさんのひがいがでているし


おかあさんがこどものときは、こんな雨ではなかったよ






それでも、子どもたちは雨が好きだと言う。





あんなに怖いものだと口を酸っぱくして言っていたのに
あなたたちを浴びさせたくないから



それでも、子どもたちは雨って素敵だという。