センター試験といえばわたしも昔受けたなあなんてどうでもいい話はともかく、新聞に載った国語の問題を眺めていて気になったのは、第二問で出題されている松村栄子の「僕はかぐや姫」という小説。高校の文芸部の女の子二人の話で、その子達は自分のことを<僕>と呼んでいるという設定。初めて読んだんだけど、ちょっと痛かったなあ、わたしも高校のときは文芸部なんで・・・。
設定が80年代初めということで、やけに作家の選択が教養主義チックなのはご愛嬌としても、妙にひっかるモノを感じたし、東京事変の「透明人間」という曲の椎名林檎の歌い出し、「僕は透明人間さ きっと透けてしまう 同じ人には判る♪~」というフレーズにいい年してシンクロしている身としては、忘れていた何かがよみがえってくる感じ・・・。
なんてことを考えていたら、面白いものを発見した。それは「非モテの文化誌」と題された文章で「僕はかぐや姫」を取り上げたもの。併せて柴門ふみの「愛して 姫子さん」を論じたくだりを読んでたら、学生時代のイヤ~な思いがフラッシュバックされてきた。
第32回 ボク女のヒ・ミ・ツ――松村栄子『僕はかぐや姫』の巻
第18回 80年代非モテ少女の逆襲――柴門ふみ『愛して 姫子さん』の巻(前編)
詳しくは上記のページを読んでいただくにしても、文芸部なんて<非モテ>系まっしぐらで、学校という<カースト社会>から逃げまくっていた学生時代をなんだか思い出すんだけど、このブログではプライベートは出さないポリシーなんで、ささやかな告白に留めて置くとすれば、「かぶき讃(劇評)」が可愛いミーハー心を抑えて、マッチョなぶった切り調になっているのは、わたしのなかの「僕」の残滓のためってところかな~。
しかし、センター試験も微妙なものを出題しますよね、なんだか・・・。
因みに、出題文中に登場するキルケゴール。辛らつなせむし男で、愛するがゆえに(?)婚約者との婚約を破棄、ほとんど野垂れ死に同然の死に方をしたっていうこの人の純粋さ、真面目さって、梅毒で死んだ独身者ニーチェより好きだな、ってわたしはたぶん物好きですね・・・。(『死に至る病』より『現代の批判』の方が断然好きなんだけど。)
センター試験国語 第二問
設定が80年代初めということで、やけに作家の選択が教養主義チックなのはご愛嬌としても、妙にひっかるモノを感じたし、東京事変の「透明人間」という曲の椎名林檎の歌い出し、「僕は透明人間さ きっと透けてしまう 同じ人には判る♪~」というフレーズにいい年してシンクロしている身としては、忘れていた何かがよみがえってくる感じ・・・。
なんてことを考えていたら、面白いものを発見した。それは「非モテの文化誌」と題された文章で「僕はかぐや姫」を取り上げたもの。併せて柴門ふみの「愛して 姫子さん」を論じたくだりを読んでたら、学生時代のイヤ~な思いがフラッシュバックされてきた。
第32回 ボク女のヒ・ミ・ツ――松村栄子『僕はかぐや姫』の巻
第18回 80年代非モテ少女の逆襲――柴門ふみ『愛して 姫子さん』の巻(前編)
詳しくは上記のページを読んでいただくにしても、文芸部なんて<非モテ>系まっしぐらで、学校という<カースト社会>から逃げまくっていた学生時代をなんだか思い出すんだけど、このブログではプライベートは出さないポリシーなんで、ささやかな告白に留めて置くとすれば、「かぶき讃(劇評)」が可愛いミーハー心を抑えて、マッチョなぶった切り調になっているのは、わたしのなかの「僕」の残滓のためってところかな~。
しかし、センター試験も微妙なものを出題しますよね、なんだか・・・。
因みに、出題文中に登場するキルケゴール。辛らつなせむし男で、愛するがゆえに(?)婚約者との婚約を破棄、ほとんど野垂れ死に同然の死に方をしたっていうこの人の純粋さ、真面目さって、梅毒で死んだ独身者ニーチェより好きだな、ってわたしはたぶん物好きですね・・・。(『死に至る病』より『現代の批判』の方が断然好きなんだけど。)
センター試験国語 第二問
きっと何千人もの「かぐや姫」が照れくさいような苦しいような気持ちでこの問題を解いたのでしょう…ずるいなぁ入試センター…笑
たぶん絶版なんですよね?この本。近所の図書館にはあったんですけど…。
そんなことより、受験の方がんばってください!この出題も、関係者の攪乱作戦かもしれませんよ!